「はい、お待ちかねのお賃金ですよ。今回は賊の襲撃もありましたし……危険手当を上乗せしまして……このようになります。どうぞお確かめくださいな」
「それじゃ、いただきまして……」
俺の、用心棒としての雇い主……ジパングという遠い国の生まれの行商人、スミレが、にこにこと笑いながら手を差し出す。その手に握られた二つの布袋を受け取って、中身を覗く。銀の輝きに、ずっしりとした重み。軽く揺するとじゃらじゃらと音を立てる。我ながらよく頑張った、という感じの気持ちになる。
魔法の才能に恵まれた俺にとって、そこらの賊程度は敵じゃない。とは言え、護衛というのは気を張る仕事だった。
「確かに確認したっすよ。いやー、スミねぇ様様っすね……!」
「うふふ、現金な子ですねぇ……」
「いやいや、ほんとに尊敬してるっすよ。ありがたいって思ってるっすよ」
俺が子供だからと言って足元を見たりはせず、能力分のカネを支払ってくれるのが俺の雇い主の良い所だ。黒髪の綺麗な、とびきりの美人。近づくといい匂いがするし、おっぱいも大きい。
俺がケッコンしたいのは義姉さんだけだけど、一緒に居るのが美人で悪い気はしない。
とにかく、俺にとってはこれ以上ない、最高の雇い主だ。カネを受け取る時ぐらいは愛想良くするものだ。底の知れないこの人は、俺の愛想笑いぐらい見透かしている気はするけど、その上で俺の事を気に入ってくれていて、もうかれこれ何ヶ月も一緒に旅をしている。
有望な若者を育てるのも道楽の一つだとスミ姉は言う。奇特な人なのは間違いない。
「じゃあ……半分はいつも通り、孤児院の方に頼むっすよ」
「まったく、お姉ちゃん思いの健気な子ですねぇ……どれ、おねえさんが代わりに労ってあげましょう……いい子いい子」
俺がこんな仕事をしているのも、孤児院を切り盛りしている義姉さんのためだ。俺のように行き場のなくなった子供を拾ってこずにはいられない、どうしようもなく優しいシスターのため。俺の、たった一人の大切な人のため。俺を救ってくれた人のため。
「そういうのはいいっすから。いい子とか言うなっす」
「いい子いい子させてくださいな」
「やめろっす」
頭に伸びてきた手をかわしながら、片方の銀貨袋を、改めてスミ姉に手渡す。
この殆どが、孤児院の子供達の飯やら何やらに消えて行くのだろう。義姉さんが美味しいものを食べたり、おめかししたりするためには使われないのだろう。
その事を思うと、上前を刎ねられているような気持ちになる。俺が大切なのは義姉さんであって、孤児院の子供達ではない。そういう奴は、いい子ではない。
それでも、俺は仕送りをやめるわけにはいかなかった。
街の人からの寄付や、兵士をやっているアニキの稼ぎだけでは、孤児院の生活はまともな水準に届かない。そして、真っ先に身を切るのは義姉さんとアニキだ。
「さて……今回もあたし名義の送金でよろしいんですね?しつこいようですが、これはロニ君のお金ですよ」
「よろしいっす……っていうか、仕方ないでしょ。アニキの稼ぎは受け取るくせに、俺からは嫌なんだから……」
「そうですねぇ……そればかりは如何ともし難いものです」
そして困った事に……俺がそこらの大人より稼げるようになっても、俺が稼がないと孤児院の連中が食い詰めるとしても。義姉さんにとって、俺は”子供”らしい。本当なら自分が守ってあげなければいけない存在で、頼ってはいけないと思っているらしい。
だから義姉さんは、俺の稼いだ金を素直に受け取ってくれなかった。見返りを求めて育てたわけではない、と。結局、孤児院の子供達のためという事で受け取らせたけど、その時の、悔しさを圧し殺した笑顔が忘れられない。
それで今は……雇い主に頼んで、わざわざ名義を借りて仕送りをしている。
「そりゃ、俺が稼いだ金として受け取ってくれるなら、それが良いっすけど?義姉さんの嫌な事はしたくないっすし?スミねぇみたいに金を持ってる人から貰った方が気が楽なのは確かなわけっすし?義姉さんに要らない負い目を感じさせるのは嫌っすし……」
義姉さんが、俺の稼いだ金を、俺の頑張りを受け取ってくれて。それを義姉さんのために使ってくれて、それで俺を褒めてくれたら……きっと、とても幸せなんだろう。けど、実際のところはそういかない。上手くいかないなりに頑張って、これが精一杯だ。
褒めてもらいたいけど、褒めてもらう必要はない。義姉さんが幸せならそれでいい……とまでは言えないけど、義姉さんが幸せじゃないのはどうしても嫌だから。
「愛、ですねぇ。妬けてしまいます。どれどれ、愛しのお姉さんの代わりに、おねえさんがいいこいいこしてあげましょう」
「だーかーら、子供扱いはやめろって言ってるじゃないっすか。俺はもう一人前なんすよ……」
俺の頑張りを知る女商
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