それはきっとデート

「御機嫌よう。お迎えにあがったよ、セオくん。調子はどうかな」
「こ……こんばんは……おかげさまで、大丈夫です」

柔らかな唇の感触を思い出してしまう。彼女の真意に対する疑問ばかりが湧き出してしまう。そんな、落ち着かない秋の晩に、軽やかなノックの音が響く。扉を開けたその先では、私を悩ませるサテュロスの麗人、クレア・クラレットが微笑んでいた。その装いが醸し出すのは、昨日とはまた異なった雰囲気。男装のスタイルは変わらず、その魅力も損なっていないにも関わらず、より華やかで、艶やかで、”女性”を感じさせる。
真っ先に気づいた差異は、燕尾服の下に着込んだ白いシャツのその胸元。小さく菱形に開かれた生地の、昨日と比べて僅かに増えたその露出に、肌の色に、否応無しに私の目は惹きつけられてしまう。

「ふふ……それはなにより。君がよければ早速出発しようと思うのだけれど……」
「あっ……はい……準備はできている、で良いのでしょうか、これは……」

さり気なく身につけられた宝珠のアクセサリーや、身に纏った生地の色合いの鮮やかさ。それらに気づいたのは、柔らかそうな胸の谷間から慌てて目をそらした、その後。
服飾に疎い私でも、昨日に比べ、彼女がお洒落をしてくれている事に気づくことができた。
それに対し、私が身に纏っているのは学院のローブだ。一応は正装として認められてはいるが、彼女の横に並ぶにはあまりにも不釣り合いだという自覚があった。本当にこれで彼女と食事に赴いていいものか、自信がない。私が変人に思われる分には構わないのだが、彼女に対して奇異の目線が飛ぶとなれば話は別だ。

「そうだね……おや、襟がめくれているよ」
「ぁっ……」

そんな私の服装を一瞥し、彼女は私の首元へと手を伸ばして。手慣れた様子で襟を正してくれる。首筋、喉元を擽る指先の甘美なしなやかさに、近づいた距離と色香に胸が高鳴る。しかしその一方、服もまともに着ることのできない情けない男だと思われていないだろうか、と不安になる気持ちもあった。

「これでよし……うん、もっと素敵になった」
「ぁ……あぁ、ありがとう、ございます……?」

しかしそんな不安はまた、彼女の言葉の前にあっさりと塗り潰されていく。情けない姿を見せたのに素敵だと言われてしまえば、困惑を隠せない。甘く凛とした声で褒められると、嬉しくも理解が及ばず、途端に訳がわからなくなってしまう。

「ふふ……君も、おめかししてくれたんだね。嬉しいよ」
「え……ぁっ……いや、そんな、おめかしと言うには……」
「そうかな?髪をとかして寝癖も直して、髭も剃って。いつもと違う服にアイロンをかけて、靴も磨いてある」
「えぇ、まぁ……」

髪をとかす、寝癖を直す、髭を剃る。シワのない服に身を包み、磨かれた靴を履く。普段の私が疎かにしていることだ。衛生のため清潔であろうとしても、外観そのものには無頓着。そんな私が、今日に限っては、なるべく彼女に釣り合うように見た目を取り繕おうとしていた。
これは所詮付け焼き刃であり、伸びっぱなしの髪を雑に括った髪型をはじめとして、人並みにも達していない自覚はあった。慣れない事をしているのが滑稽にさえ見えるかも知れない。

「昨日あんな事があったばかりなのに、きっと不慣れなのに、普段とは違うことを今日のために、僕と逢うために……その特別さが、とても嬉しいんだ」
「さ、左様ですか……理解はしました」

しかし彼女は、それを”特別”だと称してくれる。そこにかけた労力、努力や心持ちを以って私を評価してくれる。彼女の言葉は優しく、それでいて、その微笑みが、単なる慰めやお世辞である事を疑わせない。自然に私の不安を拭い去ってくれるが、あまりに耳に甘く、夢でも見ているかのような気分になる。
そしてその言葉は、私にある気づきをもたらしてくれる。
彼女もまた、今日のために、私との食事のために、昨日とは装いを新たにしてくれている。実際にそうであるかはさておき、そうだとしたら、確かにそれは嬉しさを感じずにはいられない。昨晩から頭に染み付いて離れない”期待”が、ますます膨らんでいく。

「さて、エスコートさせてもらっても?」
「ぁっ……はい……どうぞ……」
「ふふ……さ、行こうか」
「はい……」

すっと差し出された、彼女の手。その手に誘われるように、しかし、おずおずと、私は自分の手を重ね、委ねていた。アラクネ糸製と思わしき手袋は絹のように滑らかで、彼女の手の温もり、柔らかさまでを余すことなく伝えてくれる。
優しく包み込むように手を握られるのが心地よく、思わず彼女の手を握り返してしまう。手を繋いでいると、鼓動が高鳴るのとは逆に、不思議と緊張は解れていく。
昨日とは違い、彼女に導かれながらも、彼女に寄り添うように、自然と足が動いていた。




「さ
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