人魔共存は退行と荒廃の道か

人魔共存は退行と荒廃の道か
セオ・エツィゾレアム

1.緒言
 我が国ステイシアでは近年に至るまで、「魔物は悪であり、人を殺し、喰らう生き物である」といった誤った事柄が信じられてきた。しかし、周辺国の親魔物国家への転換、レスカティエ陥落による教団全体の権威失墜、それを皮切りとした魔物の真実に対するステイシア主神教団への追求運動などの結果、314年に当国教団は魔物の生態に関する虚偽の主張を撤回するに至った。
 今日の当国において、魔物の基本的な生態[1]は一般に広く周知され、魔物がかつて語られていたような「人間の敵」ではないことは、いまや常識となった。しかし、魔物との共存に対する反対は多く、魔物の受け入れは人間のそれに比して非常に限定されたものとなっている。魔物との共存に対する反対は、主神信仰に基づくものもあれば、純粋人間の人口減、治安悪化、経済停滞に対する懸念に基づいたものなど多岐に渡り、その一つとして、学術・技術発展の停滞に対する懸念に基づくものが挙げられる。その代表的なものが、当国教団による「魔物との共存により人々は快楽に溺れ堕落し、その結果として技術・学問の発展は阻害され、文化は破壊され、文明は後退する」という主張である。
本稿では、ステイシア真理探求院にて魔導研究に携わる立場から、この主張を反駁するほか、魔物との共存が学問にもたらす影響について論じる。

2.親魔物国家の現状
親魔物国家への転向が文明の衰退を招くという教団の主張に反する例として、まずステイシア近隣諸国の現状が挙げられる。元来工業が盛んであったテルメダは、ドワーフ[1]職人の誘致により、今日ではその細工の精緻さが近隣諸国に広く知れ渡る事となった。また、サバト[1]やグレムリン[2]の協力により一般家庭への魔法道具の普及が進みつつある。近年明緑魔界化が観測されたフロレアでは、伝統工芸の花染を取り入れたアラクネ[1]糸の衣服が、その色彩の鮮やかさから人気を博し、我が国でも高値で取引されている。これらの例に見られるように、親魔物国家への転向によりその技術を発展させた国は少なくない。近隣諸国の公表する生産高・輸出高・輸入高等の統計値を相互検証し、政治的意図を可能な限り排除した結果によれば、親魔物国家への転向に伴う経済活動の活発化が明確な傾向として現れている(付表1を参照)。
 学術においては、現在では魔界学術国家として知られるポローヴェが、著名な魔界学者であるサプリエート・スピリカ氏の尽力により貧国から発展した例が有名である[3]。ポローヴェは教育機関の整備を国策として掲げている[3]。このような親魔物国家の存在に触れず、魔物との共存が学問の発展を妨げるという主張を行うことは妥当性を欠いていると考えられる。
 魔物との共存が文化を破壊するという主張に対しても、幾らかの反例を挙げる事が出来る。旧魔王時代から現在に至るまで竜と人の共存を理念として掲げ続けている竜皇国ドラゴニア[4]は、魔物、特にドラゴン属との共存の下で、観光地となるほどの特異的な文化を築き上げた国家である。また、過激派の侵略を受け魔界国家レスカティエとなった旧レスカティエ教国であるが、その文化は多様に変化しつつも起源を教国時代に遡る物も少なくない。その一例は食文化であり、教国時代からの名産品であるジャムや、遠征中の教団兵の食事が元になった「魔界鍋」などが代表的である[5]。このように、たとえ魔物による侵略を受けたとしても文化そのものが遺失するわけでなく、変化こそ起きつつも、そこには継承がみられる。侵略こそあったものの、これを文化の破壊と断ずることは出来ない。
魔物の受け入れによる共存であればその変化も少なく、上述したフロレアの伝統織物などの事例を鑑みても、親魔物派への転向が文化破壊に繋がると断じるのは難しいと考えられる。

3. 魔物化・インキュバス化は学問の発展に寄与するか
魔物との共存に伴う居住領域の魔界化、そして魔物化・インキュバス化[6]は、魔物との共存において避けることのできない現象である。魔物化・インキュバス化の双方ともに快楽を重視した価値観への変遷が見られることから、この国においても学術・技術研究への悪影響が懸念されがちである。しかし、スピリカ氏をはじめとして魔物化してなお学者として名を馳せる人物も存在することや、魔物化やインキュバス化自体はその人間の人格を損なうものではないとされている[6]こと、リッチ[2]などの一部の種族に顕著なように快楽への欲望もまた探究の原動力となり得ることなどから、魔物化・インキュバス化は必ずしも我々から探究の志を失わせるものではなく、そのような問題は個々人の資質と意思に起因し完全な一般化は困難であると考えられる。また、魔物化・インキュバス化に伴う幾らかの変
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