僕には、どうしてもやらなければいけない事がある。しかし、それを成し遂げるには、僕はあまりにも無力で。
――力を貸してくれるなら、助けてくれるなら、悪魔だっていい。
そんな事を考えながら、僕は眠りに落ちていた。
浅い眠りから覚めた僕は、枕元に妖しげな書物を見つけた。
その本には悪魔の召喚法が記され、その魔術までもが内包されているのだという。その本によれば、悪魔に対価を支払う事で、その人ならざる力を以って願いを叶えてくれるという。
あまりにも都合良く、まさに悪魔の罠めいたその魔導書。しかし僕には、それに縋るしか選択肢はなかった。
あぁ、お願いだ……本物であってくれ。悪魔でもいいから、僕を助けてくれ。そう願いながら、僕は魔導書のページをめくっていた。
「――我が名はフラクト、悪魔の庇護を求める者なり」
そして、時は過ぎて、今は黄昏時。
魔導書に記された手続きの通り、自分の体液……唾液を指につけ、魔導書の示された場所に触れる。濡れた指先が乾いていき、魔導書が紅い光を帯び始める。
召喚の合言葉を唱えれば、それを鍵として、魔導書から光が広がっていって。
「っ……」
「ふふ……私を呼んだのは貴様だな?」
光の中から現れたのは、妖艶な女悪魔。男の理想を形にしたような、豊満な肢体。かろうじて局部の隠れる装いに露出した青い肌は、人外の艶めかしさ。
濡れたようにしっとりと灯りを反射する翼、角、尻尾。悪魔たる異形の部位もまた、美しく。
禍々しく邪悪でありながらも、欲望を掻き立てられるその姿に、退廃と堕落の香りに、思わず息をのむ。
「は……はい……」
小柄な自分に対し、悪魔は長身で。自然と、悪魔に見下ろされてしまう。悪魔が浮かべているのは、邪悪な笑み。
ぞくぞくとしたモノを背筋に感じながらも、血の気が引くような心地。漆黒の眼に、紅の瞳に見据えられて、動けない。
実際に悪魔と相対して、その力の強大さを、邪悪さを肌で感じ取る。悪魔の力の前では、自分という存在はあまりに矮小。逆らってはいけない存在なのだと、理解する。
覚悟を決めて召喚したつもりはずだったが、目の前の存在にすっかりと畏怖してしまっていた。
「……くくっ、そう怯えずとも良いのだぞ。取って食おうというわけではないのだからな」
「ぁ……」
紅い爪で、つぅ、と喉を撫でられる。喉元に尖ったものが突きつけられているのは、なんとも不安で、思わず身がすくむ。
しかし、その見た目の鋭さとは裏腹に、痛みは無く。むしろ、手つきは柔らかで、その感触は、うっとりとする程に気持ち良く。
畏れながらも、身を委ねてしまいたいとさえ思ってしまう。
「ほう……これは、もてなしのつもりか。良い心がけではないか?」
「ど……どうぞ、お召し上がりください。人間の食事がお口に合うかはわかりませんが……これが私の誠意です」
そして悪魔は、僕の背後に視線をやる。背後のテーブルに用意しておいたのは、腕によりをかけて作ったご馳走。
誰かに助力を請うのであれば、相応の態度を取るのが筋というものだ。
その相手がたとえ、悪魔であったとしても。むしろ、相手が悪魔であるからこそ、礼節を欠くわけにはいかないと考えていた。
機嫌を損ねればどんな仕打ちが待っているか、想像もつかないのだから。
「くく……では、頂くとしよう。貴様も座るがいい」
「……は、はい」
悪魔は悠然と食卓につく。そして僕は、悪魔に促されるがまま、対面に座る。
悪魔を召喚したのも、食事を用意したのも僕。しかし、この場の主導権を握っているのは、間違いなく悪魔だった。
「ふむ……男の手料理など、初めて食したが……なるほど、悪くない。もてなそうという気概は気に入ったぞ?」
「……ありがとう、ございます」
不思議な空気の流れる食卓。一通り、一口ずつ料理を味わった後、悪魔は口を開く。
端正な顔に、妖しげな微笑み。どうやら、もてなしを気に入って貰えたらしい。
胸に込み上げる安堵。そして……喜び。悪魔の言葉は、ぞっとする程、耳に心地良く。悪魔に褒められ、喜んでしまっている自分が居た。
「さて……なんの理由もなしに、私を呼んだわけでもあるまい?どれ、話してみろ」
そして悪魔は、ねっとりと絡みつくような声色で、問いを投げかけてくる。
悪魔の手を借りてでも、成し遂げたい事。悪魔を召喚した、その理由。
「そのっ……貴女を呼び出した理由なのですが……友人の駆け落ちを……成功させて欲しいのです。決行は、明日の未明」
僕のような人間と仲良くし続けてくれた、優しい二人。その二人が、誰にも邪魔されることなく、幸せになれるように。その仲が、政略結婚などで、身分の差などで引き裂かれぬように。
明日に決行される、親友の駆け落ちを成功させる。それが悪魔に縋る理由だった
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