触手の森に棲息する触手植物。その粘液は保湿効果抜群、お肌の健康に効果覿面、肌荒れとは縁の無いつやつやお肌に……
そんな話を、ジパング出身の魔物である狸の行商人から仕入れてきたのはつい先日。
「……これで良し、と」
肌の荒れた喉元、痒みを訴える所を掻き毟りながら、部屋を見渡す。
触手召喚の魔法陣と触媒。制御・送還用の術式。対価代わりの土壌改善剤。そして粘液採取用のバケツ。準備は万端だ。
錬金薬を調合しては数え切れない程に試して来たが、未だ成果は実を結ばない。痒い。掻きむしったせいで痛い。おのれ皮膚炎。おのれ肌荒れ、おのれ湿疹。
触手植物の粘液。得体は知れないが、材料として試す価値はある。そう思い立ったが故の、触手召喚の術式。正直な所、藁にもすがる思いでもある。
簡易な召喚だが、触手を呼ぶにはこれで十分だろう。
「―――」
陣に魔力を注ぎ込み、詠唱を開始する。
憎き皮膚炎に引導を。目指すはつやつやで健康なお肌。求めるのは湿疹、痒みから解放された生活。
薬に加工出来そうになければ、無害である事を確かめて夜のお供にしよう。あくまでも主目的は薬だが。
「……"我が呼びかけに応え、来たれ"」
詠唱を終え、人一人通れるほどの大きさのゲートが開かれる。
床に空いた空間の穴。緑色の花弁の中に、紫色の触手がぎっしり詰まった房が二つ、べちゃりと這い出てくる。
どうやら、触手植物の召喚は成功――
「えへへ……来ちゃいましたっ」
――あ、召喚事故だ。
「えっ……」
穴から顔を出したのは、触手植物ではなく触手の魔物。
女性の形をした触手が、にゅるりと這い出てくる。
思わぬ召喚事故に、唖然としてしまう。召喚事故のリスク自体は理解しているが、それが実際に身に降りかかるとなれば別問題だ。
「わぁ……本当に男の子だ……うふふ、女の子の匂いもしない、やったぁ、独身ですね」
粘液にぬらつく緑色の肌。手脚の代わり、そこには触手の束が。
その顔立ち、身体つきは大人の女性そのものだが、表情はあどけない。
優しく人懐っこい年上の女性。女体部分だけを見ればそんな印象を受ける……しかし、触手。書物で読んだ、テンタクルという魔物。
うねうね動く触手には、嫌が応にも貞操の危機を感じさせられる。粘液ローションでお楽しみするならともかく、触手そのもので犯されるのは御免だ。
「っ……」
我に返り、慌てて魔法陣に魔力を流し込み、強制送還の術式を起動する。
これが間に合えば、この召喚事故は無事に事態の収拾を得る。
しかし、間に合わなければ、完全に召喚陣から出てこられてしまえば、あの魔物は自由の身だ。
一見無害そうな顔立ちをしているが、間に合わなければ、あの触手の餌食にされてしまうに違いない。
「きゃっ……えぇっ、なんで送り返すんですかぁ……」
くねくねうねうねしながら、ゲートの縁にしがみ付く触手女。
送還術式に抵抗しながら、涙目、潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。
「魔物を呼んだ覚えは無いっ……帰れよっ……!」
魔物とは言えど、触手とは言えどいたいけな瞳。罪悪感に心が痛む。しかし、これも魔物の常套手段と聞いている。
心を鬼にして送還術式を継続、召喚陣の向こう側へと押し込もうとする。
「嫌ですっ、お婿さんを見つけるんですっ、帰りませんですっ……!助けて、みんなっ……!」
「なっ……」
魔物の声とともに、召喚陣を通り抜けてくる存在。本来の召喚対象であるはずだった触手植物が、束となって現れる。
触手の群れはテンタクルに絡み付くと、送還術式の束縛を振り切り、無理矢理に召喚陣から引きずり出して。
「や、やったっ……出てこれました……!」
目の前には、召喚陣から完全に抜け出て、自由の身となった魔物。その後ろには、魔物が操っていると思わしき触手の群れ。
「あぁ……なんたる事だ……」
つまるところ僕は、召喚事故で魔物、しかも触手の魔物を呼び出してしまい……送還にも失敗したという事で。
元々はただの触手植物を呼ぶ予定だったから、魔物をどうにかする備えは当然無く。
助けを求めようにも、此処は魔術・錬金工房の地下室。声は外に届かない。
そもそも他人に知れたならば、魔物を召喚した咎で処罰されかねない。魔物との交易はあれども此処は中立領で、魔物の立ち入りには許可証と手続きを要するのだから。
僕が身元保証人になれば話は別だが、それは魔物の行動に対する重大な責任を負うという事なので御免被りたい。
「なんたる……事だ……」
ああ、とんでもない事になってしまった。もはや、"優しくして"と頼むしかないのか。魔物に犯されるならばせめて、サキュバスなどの人間に近い部類が良かった。よりにもよって触手の魔物とは。
「ありがとう、みんなっ……わたし、絶対に幸せになってきま
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