押し掛け女房な王女様

「キャサリン様、ご報告があります」

「あら、スミレじゃない……入って頂戴。一週間ぶりの報告……好きな人が出来た、とか?」

執務室のドアをノックする音。私を呼ぶ、馴染みの部下の声。
反魔物派である隣国の内情調査、それと私の花婿候補捜しその他諸々に向かわせていた、クノイチのスミレだ。

「失礼します。いえ、未だそのような殿方には」

「あら、残念……で、報告って何なのかしら?」

今まで働いてくれたスミレに、そろそろ暗殺任務を与えても良い頃合いなのだけれど、肝心の相手をどうするかが悩ましい。

好みのタイプを聞き出して、それに合った旦那様を当てがってあげたいところだけれど……その手の話に関してはスミレは口が堅いし……うーん、やっぱり、彼女自身が運命の人を見つけるのを待つしかないのかしら。

「かの都市国家が勇者を迎え入れた、との情報を掴みました。
男魔導師であり、陥落したレスカティエ教国からの逃亡者であるそうです」

「男勇者……!ふふふ……詳しく聞かせて頂戴」

数多いる男の中、誰が運命の人かは分からないし、勇者と呼ばれる男達に代表されるような、強くて有能で沢山の精を持つ男である事は、婿捜しにおける絶対的な基準ではないのだけれど……"男勇者"という言葉には、堪らなく魅力的な響きを感じてしまう。
魔王であるママとパパの馴れ初め話は、子供の頃からの憧れ。
パパとママのような夫婦になる事は、私が数多抱く理想の夫婦生活像のうちの一つだもの。

「了解しました。
勇者の名はスターヴ。姓を持たない事から、恐らくは平民の出自かと思われます。
勇者としての働きですが……都市を覆うほどの結界を維持しながら、国境内の魔物を単身追い払っている模様。
あくまでも私達魔物を追い払おうとするだけであり、極力危害を加えないため、反魔物感情の強い都市の上層部とは早くも険悪な関係にあるようです。
また、レスカティエにおいても同様の振る舞いをしていた、と。
なお、結界は外側からの侵入を防ぐ物であり、都市から出る事自体は容易でしたが、再侵入が困難であると予想されたため、独断で数日程情報を集めていました。
尤も、キャサリン様の障害になる程の強固さは持ち合わせていませんでしたが」

淡々と勇者様の情報を報告するスミレ。クノイチに伝わる『個人の感情や本心は、真に愛する夫にのみ見せるべきものである』という教えは、素敵な考えだと思う。
未来の旦那様に悦んで貰うべく、私もその教えに倣ってみようとしたけど……具合が悪いのかと方々から心配された、なんて事もあったわね。

「追い払うだけ……ふふふ、随分優しい勇者様ね。どんな人なのかしら……興味が湧いてきたわ」

デルエラ姉さんの指揮する軍勢から逃げ延びるという事は、相当な力を持った勇者様のはず。
その上かつてのレスカティエは、二番目に強大な教団国家だったというのに、その中で私達を傷付けない事を選ぶだなんて。そんな事をすれば、どんどん立場が悪くなっていくであろうのに。
ああ、どんな理由があるのかしら。スターヴ……どんな男なのかしら。
きっと、戦いを好まない優しくて穏やかな人に違いないわ。

「外見から判断される年齢は二十代後半、体型は痩せ型で身長は150程……
似顔絵を用意してあります。ご覧になりますか?」

「似顔絵まであるの?流石ね……!
見せて頂戴、今すぐ……!」

何処からともなく巻物を取り出すスミレ。こんな事もあろうかと、という言葉が似合う行い。私が彼に興味を持つ事を見越して似顔絵や彼の情報を用意したに違いない。
毎度のように思うけれど、本当、良いお嫁さんになるわね……未だ相手が見つかってないのを除けば。

「……」

スミレは片膝をつき、巻物の紐をしゅるりと解くと、広げた巻物を私に見えるように掲げる。

「あら、あら……こう、穏やかで、紳士的な男性を想像してたのだけれど……目つき、悪いわね。それに、なんというか……幸薄そうで、虚弱そう……
でも、中々可愛らしいかも」

墨の濃淡で巻物に描かれていたのは、白髪交じりでボサついた髪、三白眼に眼鏡の男性。線は細くて、簡単に押し倒せてしまえそうな雰囲気を漂わせている。
少し前の私が抱いていたイメージとは掛け離れた顔立ち。
絵に描かれているのは、悪くて意地悪な魔法使い、嫌味な眼鏡という印象で、少なくとも善人面ではない。
けれども、戦いや誰かを傷つける事を好まない、と聞いた後だと、なんだかこの人相も可愛らしく思えてしまう。

「如何なされますか?」

「そうね……フローリアにでもお願いして誘い出してみましょう。
話を聞く限りはとても魅力的だけど……実際に会ってみないと運命の人かどうか分からないもの。
運命の人だったら、私の旦那様になって貰って……そうじゃなくても、貰い手は沢山居るか
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5 6..40]
[7]TOP
[0]投票 [*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33