「ふぅ、こんな物かな……」
廊下の掃除を終え、綺麗になった床を眺め、息をつく。
「ドゥーロ、こちらに来い」
廊下に響く、凛とした声。
僕の名前が呼ばれる。
「はい。今しがた掃除を終えた所です、リスティア様」
返事をして振り返り、声の方へと歩み寄る。
声の主は、僕の主人であるリスティア様。
僕をこの屋敷に連れ去り、有無を言わさず、僕を召使いにしたヴァンパイアだ。
連れ去られた当時は、理不尽で、恐ろしい女性だと思っていたのを覚えている。
人を遥かに超えた身体能力と、卓越した魔術。そこら辺の魔物とは比べ物にならない程、強大な存在。
しかも、その食糧は、人間の血。連れてこられた理由は、美味しそうだから。
怯えない方が無理というものだ。
尤も、今の僕は、彼女の召使いである事に満足しているのだけど。
「貴様の部屋……またもや、埃が溜まっているようだな」
リスティア様が立っているのは、僕に与えられた部屋の前。彼女は、僕の部屋の中を覗いていて。
女性にしては低めの声でそう告げると、僕の方を向く。
僅かに紫色がかった、幻想的な色合いの銀髪。
釣り上がり気味の目元に、血のように紅い瞳。
アルビノのように白く透き通りつつも、生気の持つ艶かしさを感じさせる肌。
瑞々しい、ふっくらとした唇。
口元は閉じられていて、少しだけ無愛想な印象を受けるが、それが、唇の魅力を引き立てているようにすら思える。
表情は仏頂面ではあるけども、リスティア様は、非の打ち所がない程の容姿を持っていた。
そして、そんなリスティア様の、ドレスに包まれた大きな胸は、はちきれんばかりで、膝丈のソックスと、ドレスの裾の間に覗く太股は、むっちりと肉感的だ。
そうだというのに、腰はきゅっとくびれていて、手脚もすらりとしている。
背も高く、肉付きが良くあって欲しい所だけ、とても肉付きが良いという、完璧な身体つき。
「そう、ですね……」
一瞬、リスティア様に見惚れながらも、傍まで歩み寄る。
自分の部屋の様子は、今更見るまでもない。
この屋敷で召使いをしていて、屋敷の掃除をしたりはするが、仕事外である自室の掃除は、ついつい怠ってしまっている。
その結果、自室に、僅かな埃っぽさを感じ始めた頃だった。
「貴族である我輩が直々に、貴様の部屋を掃除してやろう。有難く思うが良い」
成人しているにも関わらず、僕の身長は決して高くない。
そのせいで、リスティア様と近くで話すと、見下ろされる形になってしまう。
それは、人間である僕を見下すような物言いと合わさり、とても高圧的だ。
だが、そんな様子とは裏腹に、僕の扱いは決して悪くない。
召使いという立場の僕の部屋を、主人であるリスティア様が直々に掃除してくれたりする。
「貴様の血は我輩の物。
故に、不衛生な寝床で血を育むなど、許されない事だ。
埃っぽい血など飲めた物では無いからな。知っているだろう?我輩が血の味にうるさい事を。
そして、血の味に関わる以上、貴様の部屋の管理は、人任せには出来ぬ。
人間の世話を焼くのは不服だが……全ては、美味なる血のためだ」
表情を変えず、僕に向かって、淡々と言葉を紡いでいくリスティア様。
リスティア様が、僕の部屋を掃除してくれる、その理由。
僕は、その内容をしっかりと覚えているし、その事は、リスティア様も分かっているだろう。
それにも関わらず、事あるごとに、リスティア様はこのような話をする。
僕を見下ろしながら喋るその眼差し、表情は、真顔そのもので、堂々としていて、照れ隠しには到底見えない。
だからリスティア様が、人間である僕の事を見下しているのは確かなのだろう。
今の時代の魔物は好色で、人間に好意的であるとは聞くけれども、どうやら、ヴァンパイアという種族は、そうでは無いらしい。
仮にそうであったとしても、僕がリスティア様の好みであるかはまた別のお話だ。
「ありがとうございます、リスティア様」
しかし、僕が本当に傷付くような、辛辣な言葉を言われた事は無かったりする。
それに、理由はともかくとして、僕の事を気遣ってくれているのも確かだ。
疲れたと言えば休ませてくれるし、無茶な量の仕事は決して押し付けない。
リスティア様が同行する事が条件とは言え、近くの街に外出する事も許されている。
おかげで、この屋敷に来てから、体調を崩した事は一度もない。
僕を見下しながらも、優しいご主人様。それが、僕の、リスティア様に対する評価だ。
男で有る僕は単純なもので、彼女ほどの美人に優しくされると、つい、見下されている事を忘れ、嬉しくなってしまって。
上辺ではない本心で、リスティア様に礼を言いながら、部屋に入るのだった。
「ふむ……完璧だ」
整然と本の並んだ本棚、光を反射する床。シーツまで、綺麗に整えられたベッド。
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