「んぅ…眠いけど日課は継続しないとな…」
昨日はついつい、本を読んで夜更かしをしてしまった。
そのせいで、何時もより遅く目覚めた上に、眠気も中々覚めないが…朝からの自主訓練をやめるわけにはいかない。
この街を守る職務につく、己に課した日課なのだから。
欠伸をしながら、玄関の扉を開ける。
「ふふ…おはようございます、スライさん」
家を出ると、聞き慣れた声が隣の家の方から聞こえる。
振り向くと、隣人であるラミアのアイリーさんが、窓から身を乗り出して、微笑みながら、こちらに手を振っている。
透き通るような琥珀色の髪、褐色寄りの肌。
垂れ目気味で、その瞳は、深い紫色をしている。
ラミアの中でもかなり長身なその身体は、胸もお尻も大きく、全体的にむっちりと肉感的だ。
そして、彼女はいつも微笑みを浮かべていて…その長身にも関わらず、おっとりとした、おとなしい印象を持つ人だった。
「あ、おはようございます、アイリーさん」
「今日も自主訓練ですか?」
彼女は魔法薬屋を営んでいる。仕込みやら何やらで、彼女も早起きらしい。
そのおかげで、毎日こうして顔を合わせているわけだ。
「はい。日課ですし、欠かすわけにはいきませんから」
「…朝ご飯は食べないといけませんよ?
それと、夜更かしも駄目です」
「…バレちゃいました?」
アイリーさんは小首を傾げながらそう言って、僕の顔を覗き込む。
その内容は、まさに図星だ。
おっとりとした雰囲気に反し、洞察力に優れているのか、勘が良いのか、アイリーさんはこうして僕の事をピタリと言い当てる事がある。
給料日前に、粗末な食事をしていたのがバレたり…二日酔いがバレたり…不摂生の類は殆どだ。
風邪を引いて朝から寝込んだ時も、家から出てこないという理由で押し掛けて、看病してくれたっけ。
「うふふ…お姉さんは何でもお見通しです。
自主訓練の前に、朝御飯、食べていってください」
そして、僕が不摂生をする度に、こうして世話を焼いてくれる。嫌な顔一つせず、微笑んだままで。
粗末な食事をしていた所に夕食をご馳走してくれたり、二日酔いの時に薬をくれたり、風邪を引けば、朝から看病してくれたりと…彼女の優しさには、頭が上がらない。
「それなら、お言葉に甘えて…お邪魔します」
彼女の家の玄関、準備中の札の掛かった扉。
その取っ手を掴み、がちゃりと開く。
カランカラン、とベルの音が鳴る。
アイリーさんの善意に甘え過ぎるのは申し訳無い。そう思って、断ろうとした事も何度かあったのだけれど…
その度に、彼女は微笑みを崩して、じとっ…と、拗ねたような、責めるような、疑うような視線を向けてくるのだ。
彼女のそれは、いつも浮かべている微笑みとのギャップのせいで、非常に罪悪感を覚えるもので。
結局、こうして僕は、いつものように、アイリーさんの好意に甘えてしまう。
…自主訓練、また少し遅れそうだなぁ…まあ、いいか。
アイリーさんもこうして笑っていてくれるんだ。
「はい、スープとパンです。ちゃんと、ぬるめにしておきました…猫舌ですものね」
アイリーさんの家にお邪魔した僕は、店のスペースとは仕切られたリビングの中、少し大き目のテーブルに座っていた。
エプロン姿のアイリーさんがやってきて、僕の目の前に、食器を並べていく。
その家庭的な姿は、とても素敵だ。
スライスされ、皿に盛られたパンと、透き通ったスープ。
スープに至っては、朝食にするには贅沢なぐらいに、美味しそうな匂いだ。
しかも、丁寧な事に、猫舌な僕に合わせて、熱々ではなく、ぬるめ。
そういった細かい部分にも気を配れるのも、素敵な所だ。
美人で、優しく、料理上手。
様々な魔法薬に関する知識を備える程頭も良くて、家事もこなせるし、面倒見も良い。
それに、がつがつしていない、と言うべきだろうか。
親切にしてくれるけど、恩を着せるわけでも無く、対価も求めない。
襲われたりだとか、惑わされたりだとか、そういった事も無かった。
だからこそ、安心して傍に居れる。信用出来る。
そんな彼女は、いつもこうして僕によくしてくれる。
アイリーさんが、僕の事を好いていてくれたらいいな…などと思った事は数え切れない程ある。
いや、自意識過剰なんだろうけど、好いていてくれるのかも知れない。
それで、僕は彼女の事を異性として好きかと言われれば好きだし、アイリーさんが恋人だったら幸せだろうな、とは思うけど、彼女に惚れているのかと言われると、そう断言は出来ない。
きっと、恋人みたいにずっと一緒に居たら、それはそれで、僕は彼女に遠慮してしまうだろうし。
出会った頃から思い続けている事だけど、今のところは、今の距離感が一番だ。
あの頃に比べて随分と打ち解けたな、とは思うけれども、それも、気がつい
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