「残念ねぇ……ラジィちゃん。あんなに楽しみにしてたのに……」
「…そうですね」
玄関ホールの隅っこでキセルの紫煙をくゆらせるクラウディアと、その隣に立つマルク。今日も賑わうお客の出入りを見つめながら、恐らく本日で一番の幸運を掴んだお客を待っているのだった。
しかし、どことなくマルクの表情は晴れない。その頭の中では、ぐるぐると様々な憶測が飛び交っていた。
おかしい、おかしすぎる。こんなに都合の良いことがあっても良いものだろうか。
そう考えてしまうのも当然である。何しろ、ラジィとミラは同じ職場で、さらにミラは魔術や薬のエキスパート。嫌な想像しか浮かんでは来なかった。
「急に熱が出たって、びっくりしちゃうわよねぇ。変な病気が流行らないといいけど。マルクちゃんも、気を付けなきゃダメよ?人間ってすぐに死んじゃうんだから」
「は、はぁ……あっ、それじゃクラウディアさん、また後で!」
店に入ったミラの姿を見つけて、マルクは小走りに駆け出した。アークのカウンターで手続きを終えたところで横から彼女の顔を見上げた。
「お待ちしていました、ミラさん。本日は当店の御利用、ありがとうございます」
「あら、迎えに来てくれたのね。ありがとう、マルク君」
そう言って微笑むミラは、夜は身体が冷えるのかケープを肩に羽織っていた。しかし、やたら生地が薄くて内側のビキニがスケスケ。逆に扇情的で見ている方が恥ずかしくなってしまう。
「あらあら、どこを見ているのかしら?もう我慢出来ない?」
「うっ……す、すみません……」
どうやら視線の向きがバレてしまったらしい。顔を真っ赤にして俯いてしまうマルクの手を、重ねるようにミラがきゅっと握ってきた。
「さぁ、お部屋に行きましょうか。夜は長いんだもの。いつも頑張ってる分、いっぱい甘えさせてあげるからね……」
「こ、こちらです……どうぞ」
もはや何百人と身体を重ねてきたマルクも、ミラの前では完全にその余裕を失ってしまう。確認したいことも聞けず、カチカチに身体を強張らせて部屋へと向かっていく二人を、アークは他の客の対応をしながら横目で見つめていた。
「大丈夫かな、アイツ……ああいうタイプ、苦手みたいだしなぁ……」
マルクは甘えてくる相手の甘やかし方は誰よりも心得ているが、逆に面倒見の良い真面目な性格が災いして甘え方というものに疎いところがある。ミラはまさに、彼にとってある意味苦手なタイプと言えた。
「ほう……マルクはあのような包容力のある女に弱いのか。やっと、ここで下働きをしている甲斐があったというものだな」
カウンターの中からひょっこりと顔を出し、ローレットもマルクとミラを見送る。マルク攻略の糸口を見つけたようで、御満悦の御様子である。
「タイプっていうか、単に苦手なだけだぞ。アイツ、根が真面目すぎて甘え方ってやつを単純にわかってねぇんだよ」
「む、そうなのか?ならば、あの女にマルクを寝盗られることはまずなさそうだな。よし、早速部屋を覗きにーーー」
「ローレットちゃ〜ん、ルキア君とレシィ君のお部屋にお食事を持っていってちょうだーい」
敵情視察へ出向こうとしたところで、都合の悪いところへクラウディアから声が掛かる。今夜はいつにも増して盛況で、ローレットも用心棒専任とはいかない状況であった。
無論、今はそれどころではないのだが、歯向かったところで得るものは何も無し。それどころか、店に出禁にされてマルクの傍にいられなくなる可能性も十分に考えられた。
それらを考慮すると、もはやローレットに選択肢が残されているはずもない。
「ぐぬぬ……ええい、すぐに行く!」
「あと、三階の廊下とクロエ君のお部屋のお掃除。倉庫の整理とお部屋に足りなくなった備品とお薬を補充して、それからーーー」
「一つずつ言え!やる気が削げるだろうが!」
カウンターから飛び出すや否や、マルクの心配をする暇もなく、バタバタと慌ただしくローレットは走り去っていったーーー
「はぁ……美味しかった。ここのお料理、一度食べたら何度でも来たくなっちゃうわねぇ」
満足そうに言って、ミラは口元を紙ナプキンで拭った。テーブルの上には彼女のオーダーした料理が盛られていた皿が並び、いずれも空になっていた。
銀雪館の料理は、全てクラウディアがどこぞで雇ってきた料理人によって作られている。その質は魔王城で出されるものと遜色無いものが出されると評判で、男娼を頂くついでに料理を堪能するというのが銀雪館の通の楽しみ方となっていた。もちろん、それだけ値も張るのだが。
「マルク君が羨ましいわぁ。いつも、こんなに美味しいお料理を食べられるのよね?」
「あはは……そんなことないですよ。こうしてお客様と一緒に頂いたりすることもありますけど、ガ
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