「どうぞ、ローレットさん。そこにお掛けになってお待ち下さい」
「ああ、悪いな」
部屋に通されたローレットは重そうな麻袋を置いて、どっかとベッドに腰を降ろした。少々お疲れの様子で、やや怠そうに首を回している。
「お疲れ様です。何か、飲まれますか?」
「うん?そうだな……よし、久々にお前の一番搾りを頼む」
「すみません、それは開店から一番に御指名されたお客様限定なんです。ウィスキーでいいですか?」
どこぞのオヤジのようなセクハラを慣れたように受け流すと、マルクはクリスタルのグラスに琥珀色の液体を注ぎ、銀色のトレーに乗せてローレットへと運んでいった。
「一緒に何か軽食でもいかがですか?簡単なものでしたら、すぐに御用意できますけど……」
「ククッ……すっかり営業上手になったな。私と初めて会った頃とは大違いだ」
そう笑って、ローレットはグラスに並々と注がれたウィスキーを一気に煽った。そこそこ度数の高い酒だが、彼女にしてみれば水と同然らしい。
マルクも彼女の隣に座り、ローレットの手元のグラスにウィスキーを注いだ。
「それはどうも、ありがとうございます。ところで、今回はどこまで行かれたんです?ずいぶん遠いところまで行かれたようですが……」
「ああ、行商の狸から良い情報を仕入れてな。大陸の西の果てまで行ってきたところだ。収穫としては、上々といったところだな。高い情報料を払った甲斐があったというものだ」
ローレットが財宝収集に向かうのは、常人では近付けないような危険なところがほとんどだ。以前聞いた話では、火山の火口近くに造られた遺跡から財宝をごっそり失敬したこともあるのだとか。
ちなみに、彼女の住まいは魔王城から少し離れた湖畔にひっそりと建つ古城である。不気味な外見とは裏腹に、幾重もの結界に覆われたその内部にはどれほどの宝物が積み上げられているのか、想像もできない。
「でも、無事に帰ってきてくれて良かったです。危ないことも、ほどほどにして下さいよ?」
「なぁに、心配は無用だ。しかし……まだ覚えていてくれたのだな。あの約束を」
ウィスキーの水面に映った自分の顔を見つめながら、ローレットはそう呟いた。
約束というのは、ローレットが店に来る時には必ず、店の前に遠い土地の花を一輪置くというものである。
マルクは彼女の言葉を聞いて、深く大きく頷いてみせた。
「もちろん、忘れるわけないじゃないですか。それに、ローレットさんが最初に言い出したんですよ?」
それは、遠い日の約束。マルクがこの店で働き始めて初めての客となったローレットは、ここで働くことの不安と、全く外の世界を知らないと言った彼にこう約束したのである。
自分が旅で訪れた土地の花を、店に来る日は必ず置く。だから、このまま店で働き、自分が来た時には翼を休ませて欲しいと。
それ以来、ローレットはその約束を欠かしたことはない。だから、マルクも今日この日に至るまで、この店で働くという約束を守り続けていた。
彼女に贈られた花は、いつも花瓶に生けて部屋に置かれたテーブルの中央を独占する。もちろん、枯れてしまいそうになった花は押し花にして、マルク愛用の小物入れに収納されていた。
「ローレットさんが来る日は嬉しくて……最初の頃は、仕事に集中出来ないこともありました。だから、僕……ローレットさんには、凄く感謝してるんです。本当にありがとうございます、ローレットさん……ローレットさん?」
何故か返事のない彼女の横顔をマルクはそっと覗き見る。すると、今夜は酒豪を豪語する彼女にしては酔いの回りが早いのか、すっかり顔と耳を真っ赤にして俯いていた。肩に触れてみると、火傷しそうなほどに身体は熱を持っている。
「ローレットさん、大丈夫ですか?アークさんに氷水でも貰ってきましょうか?」
「い、いや、大丈夫だ。よし、まずは軽く身体を流すとするか。お前も来い、マルク」
突然立ち上がり、マルクの腕を掴むローレット。しかし、彼は立ち上がらず、何故か申し訳なさそうに顔を俯かせていた。
「どうしたマルク。私ならば大丈夫だと言っているだろう?」
「あ、は、はい。えと、ローレットさん……その前にちょっと、謝らないといけないことがあるんです……」
マルクは立ち上がり、タキシードのボタンに手を掛けた。少し恥ずかしげに頬を染めながら、最後の一枚まで取り払ってしまい、ローレットの前にその素肌を晒した。
「…これは……」
ローレットの瞳が、一際大きく見開かれる。
マルクの服の下から現れたのは、まるで太い身体を荒縄か何かで縛られたかのような痣であった。真っ白な素肌にはじんわりと血が滲んでおり、淡いランプの光に照らされた薄暗い部屋の中でもはっきりと視認でき、見る者に痛々しい印象を与えるもので
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