出会いと戦いの始まり

とある洞窟の前に、一人の青年が居た。
顔立ちはジパングの民特有の童顔に襟にかからない程度にざっくり切られた黒髪、やや釣り眼気味の黒瞳というものであるのだが、身の丈百八十はあろうかと云うその身に纏うのは、上半身には腹の辺りで帯で締めたジパング風の着物に下半身には大陸で流通している作業ズボンに素足というチグハグさであり、彼の身の丈程の背嚢を背負うその姿は、山深く誰も訪れることのないこの場所で見咎める者は居ないといえども異色だ。
「ここだな」
声色は一般的な男性の物よりやや低めでありながら、その声は腹から出した声特有の遠くまで良く通るもので、口に出した言葉にはジパング訛りの無い綺麗な大陸の共通語。
手に持った一枚のやや古ぼけた羊皮紙に書かれている情報と、ここに立ち寄る前に聞いた情報とを彼は再度頭の中で確認し間違いが無いことを確信すると、紙を足元へ捨て背嚢を背から下ろしてごそごそと中をまさぐり始めた。
「腹拵えをしつつ進むとするか」
背嚢から自身の拳ほどある干し肉の塊を取り出しそれを口に運びつつ、背嚢を肉を持っていない方の手で掴むと無用心とも取れる足取りで洞窟の中へと歩を進めていった。
その紙に書かれていた内容を見ようとするかのように一陣の風が青年の残した紙を巻き上げた。


『      古代竜の住みし洞窟

  何時の日よりか、洞窟に竜が住みはじめる。
  彼の竜、黒曜石の輝きを放つ鱗をもつ古の竜なり。
  竜の持つ宝目当てに数多の戦士が挑戦するも、誰として討伐せしめたものはおらず。
  黒き鱗に被われた体躯には刃物は通じず、爪の一振りにて鋼鉄の鎧は藻屑と変わる。
  屈強な百の兵で挑んだ者達は竜が吐息を一吹きするのみで、全員死体同然へと変貌せしめられ。
  偉丈夫ですら竜の尻尾の一振りに、洞窟の外まで吹き飛ばされる。

  ゆえにこの洞窟に立ち入ることはならず。
  踏み込めばたちまち竜の餌食となるであろう               』




彼女は夢を見ていた。それは在りし日の彼女自身の記憶。
いまだドラゴンの雄が存在していた、はるか彼方の前魔王の時代の記憶。
こちらを覗き込む彼女の母の二股の舌が、彼女の身体に纏わり付いた卵の粘液を愛しそうに舐め取り、彼女はその母親の鼻先に甘えるように身体をこすり付けていた。
幸福感に満たされていると、突如爆音にも似た音が彼女の鼓膜に突き刺さる。
音のした方向へと振り返る母親。そして目線を追う様に視線を巡らせた彼女の眼に飛び込んできた光景。
それは二匹の雄のドラゴンが叫び声を上げて掴みかかり、牙を相手の首筋に食い込ませあう暴力的な映像だった。
巨大な体躯からはギリギリと空気を振るわせる筋肉と骨の軋む音。双方とも首筋からは血が流れて鱗を朱に染める。
やがて噛み合いでは決着が付かないと見たのか、片方のドラゴンが体当たりで無理やり顎を引き剥がせば、もう一方のドラゴンは吹き飛ばされて離れた間合いを利用し魔法のブレスを吹きかける。それを羽の一振りで吹き散らすと身体を回転させて尻尾を振り回して攻撃すれば、それを受け止め渾身の力を持って振り回して後方へと投げ捨てる。やがて二匹は離れた間合いでしばしにらみ合っていたかと思えば、示し合わせた様に空中へと飛び上がると掴みかかり、双方とも地上に落下するやいなや再度首筋への噛み合いへと光景が戻った。
その二匹のドラゴンがなぜ争っているのか生まれて間もない彼女には分からなかったが、死の危険すら孕んだその光景を見て震える彼女。
しかしその生まれて間もない幼い本能でも、死という概念以外に確実に彼女に理解ことが一つあった。
それは将来彼女が大きくなり番になり身も心も捧げて子を成すのは、あの二匹のような自分を圧倒する雄であると。
この一連の光景が彼女が卵から生まれ出でた時に刻まれた、彼女の運命を決定付けた光景。
現魔王により雌雄全てのドラゴンが翼の生えたトカゲの姿から鱗を持つヒトのメスの姿へと陥れられても、彼女は自分を圧倒することが出来る雄ドラゴンをこの洞窟で宝と共に待ち続ける。
ヒトが宝を狙いに何百何千とやって来たとしても、それを退けてここで待つ。
それが絶対に叶わぬ願いだとしても。




ヒカリゴケに薄っすらと照らされた洞窟に入って小一時間ほど歩いているものの、立ち入りを禁止するドラゴンの住処に相応しくないほど、魔物娘の姿を見かけることが無く青年――コウ・ヒトナギは落胆していた。
本来ドラゴンの住処といえば、宝目当てに侵入してくる屈強な冒険者達を夫にしようと未婚の魔物娘達が待ち構えているものなのに、この洞窟にはスライム一匹どころか洞窟になじみが深いデビルバグの姿さえ見えない。
「やっぱりガセ情報だったか、それとも今まで通りに立ち去った後かもしれないな」
もしそうなら大
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