黒髪の呪縛

 本日、天は快晴、風は凪。しかれど気温は心地よい涼しさ。
 そぞろ歩きには持ってこいの陽気である。
 こんな良い天気に家の中にいるのはもったいないと、長丸は銭を入れた小袋を懐に入れて長屋の外へ出た。
 目の前の小道を抜けて大通りへと抜ける。
 すると、長丸の目の前に城下町の賑わいが広がった。
 八百屋にある笊の上にはみずみずしい野菜が並び、二八蕎麦からは出汁の匂い。
 小物を扱う商いは呼び込みをし、大商いの店先で番頭に見送られながら機嫌よく客が去っていく。
 街道の開き場所では、大道芸人が声をはって見栄をきりながら、持ち前の芸を披露していた。
 いつも通りの光景ではあるが、今日の天気も相まって、妙にうきうきとした心持ちを見た者に与える光景であった。

「さーて、どこぞにいこうかね」

 浮いた気分のままに、長丸は着物の襟元を指先で整えてから、あてどなく道を歩いていく。
 街道に並ぶあれやこれやに視線をやりつつ、興味が引かれるものはないかと探索を続ける。
 時折、道に立ち止まっている人ごみを避けるようにして、先へ先へと進んでいく。
 道中では口上を失敗したガマの油売りで笑い、怪しげな坊主の辻説法に耳を傾け、町道場の中をこっそりと覗いた。
 そうやって歩いていれば、小腹が空いてくる。

「お勧めをくんな」
「あいよ。鯵、お待ち」

 見かけた手ごろな屋台にて、早寿司を摘む。
 指についた米粒を舐め取りながら、長丸は屋台の店主に声をかける。

「なあ、おやっさん。ここ最近、あやかしが妙に多くなった気がしねえかい?」
「そうですかい。あっしはとんと気がつきませんで」

 店主の言葉に、長丸は気のせいかと首をかしげる。

「次は煮穴子をくれ」
「あいよ。お待ち」

 素早く出てきたそれを口の中に入れつつ、再度街道の人波をみやった。
 すると、気のせいだとは断じることが出来ないほどに、あやかしの姿が目に入る。
 大多数は伴侶らしき男性と連れ添っているが、中には一人で歩いているものもいた。

「なあ、やっぱり多くなってやしてねえか?」
「さて、あっしは客を選り好みしねえんで。そう言われてみれば、といった感じで」
「ふーん。まあ確かに、あやかしが多くなろうと、おれっちにも関係はねえか。しめ鯖くれ」
「あいよ。お待ち」

 何であやかしの姿を気になったのか、長丸自身にも良くは分からず、しめ鯖の酸い味を楽しむことにした。
 腹も膨れたので銭を払って屋台を後にし、またそぞろ歩きを再開する。
 しかれど、長丸の目は商店や芸人に向かずに、人波の間をゆくあやかしに向けられていた。
 獣の耳や尻尾のあるものや、元となった道具の一部を身体に持つものなど、気にしてみれば様々なあやかしが見かけられた。

「いったいなんだって、今日はこんなに気になるんだか……」

 まるで探し人をしているみたいだと苦笑いし、まだまだ日は高いものの、長丸は長屋に引き返すことに決めた。
 そんな帰り道の最中でも、どうしてか目はあやかしを追ってしまう。
 いけないいけないと分かりつつも、何かに強いられているように止められないのだ。
 なので、提灯が変じたあやかしに視線をやっていたとき、その旦那と思わしきお侍に見咎められ、肝を冷やしながら逃げ帰るなんて真似をする羽目になった。

「まったく、今日のおれっちはどうしたってだか……」

 長屋に帰りつき、濡れ手拭いで草鞋を脱いだ足を拭く。
 畳敷きの床に上がろうとして、服から何かがするりと落ちたのが目の端に入った。

「何かと思えば、長い毛じゃねーか」

 畳の上にあったのは、長丸の伸長ほどもある、一本の長い毛であった。
 指に摘んで持ち上げて見ると、濡れ烏色とはこのことといった、見事なまでに艶のある真っ黒な女性の毛。

「すれ違ったときにでも、服についたのかね」

 指を振るって土間に投げ捨てようとするが、風の具合か畳の上に戻って落ちた。
 二度三度とやってみても、結果は同じであった。

「仕方ねえ、丸めちまうか」

 長い毛を指でつまみあげると、長丸は人差し指に巻きつけ始めた。
 そして巻いて纏めた毛を、引っ張り抜こうとする。

「ん?……んんッ!? 抜けねえ!?」

 変な風に絡んだのか、指に巻いた毛が指の関節に食い込んで抜けなくなった。
 いくら力任せに引っ張っても無理だった。

「こういうのは噛み千切れば――って、やたらと丈夫だな」

 こうなれば、鋏で切るしかないと、家の中を探し回る。

「こういうときに限って、目当てのもんが見当たらねえんだよ」

 日ごろ使わない鋏を諦め、他の刃物を探す。
 だが目についたのは、食材を切る包丁だけだった。

「流石に、これで切ったら、おれっちの指まで切れそうだ」

 そこまで無謀な真似をする長丸
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