黒光りするほどに使い込まれた皮鎧を付け、背には解れが有りながらも丈夫そうな毛皮のマントと荷物が入った背嚢、腰に大きな両手剣を佩いている、そんな格好の一人の剣士が山の中を歩いている。
旅慣れた様子の男なのに、その顔は苦しげに歪んでいる。
それもそのはず。この山はそんじょそこらにあるような、生易しい山ではない。
もう少し行けば魔界と言うほどの秘境にある、へばり付く様にして上らなければならない斜面に、様々な獰猛――無論性的にだが――な動植物が溢れる、そんな場所。
何故その様な、百害あって一理も無いような場所を彼が歩いているのかと言うと、それは単なる一つの噂の所為である。
それは――
「この山の中に、一つ目の化け物が居るって噂だったが、本当かどうか疑わしいなぁ……」
荒くなった息を整える為にか、斜面に立っている木の根元に座り込みながら、背嚢から水の入った皮袋を取り出し、一口だけ口に含む。
「ふぅ……一つ目って事はサイクロプスだろ。いくら人見知りが激しい魔物娘だって言ったって、こんな場所に工房を作るとは思えないんだけどなぁ……」
水を飲むときに止めた息を吐き出しつつ、男はそう独り言を呟いた。
どうやらこの男は、あの噂の化け物というのをサイクロプスだと思っているようだ。
しかしながら、態々サイクロプスに会う為だけに、滑落すれば死にそうな斜面をよじ登っているのは、普通の感性からすれば少々おかしい気もしよう。だが剣士ともなれば、一本の名剣の為に命を投げ打てる輩が多いため、そんな可笑しい行動ではないと判じる事も出来はする。
「果てさて、もう少しで噂の洞窟が見えるはずだな。さて、蛇が出るやら一つ目が出るやら」
背嚢を背負い直しつつ、男はそう言葉を零すと、ぐっぐっと音が出そうな程の力強さで斜面を登っていく。
そんな調子で空の陽が明らかに移動するまで移動すると、山肌がぽっかりとくり貫かれた様な、大きく口を開いた洞窟が見えてきた。
街に住むような人間には分からない程度に、明らかに誰か――もしくは何かが、その洞窟に住み着いているのを現している、踏まれて倒れた下草がその洞窟の口の周囲に広がっている。
噂の一端が真実であった事に、男は胸をなでおろした様子だったが、次の瞬間には訝しげな表情を顔に浮かべる。
「鉄を打つ音も、炭で焼かれた鋼への添加物の匂いもしない?」
もしこの洞窟にサイクロプスが住んでいる場合、その二つが無いのは明らかに可笑しい。
件の種族は、生まれてから死ぬ直前まで、鍛冶と伴侶の事以外は頭に無いようなものなのだから。
これはどういうことだろうかと、疑問に思った様子の男は、腰にある剣を抜いて油断無く両手に持つと、そろそろと忍び足で洞窟へと向かっていく。
そんな男の行動が呼び水になった訳ではないだろうが、彼が洞窟の入り口に近づくと同時に、洞窟の暗がりから一つの影――いや、大きな一つの影の周りに、何本もの縄の様な影が纏わり付いたのが出てきた。
「魔物娘……か?」
それは男が思わず呟いてしまった通り、確かに歳若い少女に見える。ぼさぼさの黒髪と色白の肌に、黒曜石が地肌に付いたかのような黒く艶やかな模様が手足にあり、何より一つ目の女性であるため、魔物娘だと判断できる。
しかしその彼女に付き従う様に、人に嫌悪感を抱かせる様に触手の如きナニカが蠢き、その先にある真っ赤な瞳がギョロギョロと周りを睥睨しているのを見ると、魔物娘とは別の何かのように見えもする。
そんな衝撃的な見た目の少女――いや、それに付き従うモノの内の一つの瞳が男を捕らえると、その他のソレらが一斉に男へと視線を向けた。
そうしてから漸く、少女の透き通るルビー色の瞳が、男の方へと向けられる。
「あら〜ら。こんな辺鄙な所に、人間の、それも雄とは珍し〜」
少々驚いた様子を見せてから、少女と触手が合わさったソレは、街角で出会った知り合いに挨拶をする様に、胸の手前で片方の掌を左右に振ってきた。
そんな軽い調子に男は少々混乱した様子を見せながらも、両手に剣を握ったまま、思わずといった感じで次のように言葉を漏らす。
「確かに、一つ目の化け物っていう噂は本当だった……」
予想外の相手を目の前にした混乱と、ここまでの旅路での疲れから出たであろうそんな小さな呟き。しかして目の前に居る存在の、少女然とした表情を怒りに染めるのに十分だったようだ。
存在感の強い大きな一つ目が男を睨む様に細まり、一本しかない眉頭は顰められ、眉尻は上がる。そして周りにある一つ目触手も、睨みつける様に男の顔の一点を見据えている。
「初対面の、しかもレディーに向かって〜。化け物っ言うのは、余りにも失礼なんじゃないかな〜?」
そう棘が含んだ言葉を受けて、男は自
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