リットは狩人である。
日々野山を駆け回っては、野草木の実を収集し、野鳥を弓矢で落とし、小動物を罠に掛け、野獣に鉈を振り下ろして狩る。
草と実は骨で出汁を取ったスープに、新鮮な内臓は焼いて食べ、肉は塩や燻しで保存食。皮をなめして防寒具を、羽は自作の矢の矢羽に。必要以外は袋に入れて持ち、町で引き換えに生活必需品を手に入れる。
もっとも金を稼ぎたい訳でもないため、飽くまで生活に必要な範疇に収めるのを忘れては居ない。
父親と母親が、ふらりと山の中へと消えてからは、一人でそんな暮らしをしている。
不自由は無いとは言えない。しかし満足していないとも言えない。そんな生活。
なのでこの日も何時も通りに、張った罠に獲物が掛かっていないか巡回しながら、眼に入った動植物を獲っていく。
あくせくと働いている気分は無い。見慣れた自宅の庭を散策する感覚で、リットは森を獣道を生じさせない様に気をつけて歩いていく。
しかし今日はあまり獲物が無く、何時もより若干遠く――といってもほんの歩いて一時間ほどの森の奥へと足を運ぶ。
するとやがて遠くの方からずしずしと重たい足音。
それを聞いて、リットは首をかしげている。
明らかに足音が大きいのもそうだが、足音の調子が外れているのが気に掛かったようだ。
駆け足のような足音かと思いきや、行き成り大きく足を踏みつけて止まったような音。その場で地団駄を踏んだような連続する音に、木にでもぶつかったのか、時折生木が折れる湿った音が聞こえたりもする。
何が起きているのか訝しがりながら、リットは茂みに身を隠すように中腰になると、手の弓に矢を番えて、そろりそろりと音のする方へと歩みを進める。
気配を消しながら歩く事数分。生い茂る木々の隙間の遠い先で、小山ほどもありそうな茶色い毛皮を持つ丸い獣が、地響きと共に地面へと倒れ落ちるのが見えた。
初めて見る大きな獣に眼を丸くし、続いてその巨獣がずりずりと人の歩く早さで遠のいていくのを、驚愕の瞳で見つめる。
恐らくは巨獣を仕留めた何者かが持ち運んでいるのだろうが、人間業では無いとリットは感じていた。
しかし魔物娘の仕業とも思えない。
付近の山に居るのは、アラクネやマンティスなどの昆虫系種族は多いものの、アルラウネやゴブリン程度の、対処さえ知っていれば危険が少ない魔物娘たちだけのはず。巨獣を引き摺るほどの膂力の持ち主など、精々ゴブリンから変化したホブゴブリンぐらいしか、リットに心当たりは無い。
なら新しい魔物娘が住み着いたのかと、リットは素早いながらもなるべく音を立て無い様に、巨獣を回り込むように移動する。
やがて遠目に巨獣を引き摺るモノが見えた。
艶やかな茶色い毛並みに、黒い毛筋が混ざったその見た目。下半身から伸びる尻尾は、獲物を捕まえたからか、意気揚々と天を突いている。そして毛で覆われた足には、黒い肉球が見て取れた。
上半身は位置関係で巨獣に隠れて見えはしなかったものの、その特徴的な毛並みに、リットはそれがなんなのかを理解した。
虎だ。
この付近では滅多に見れない虎だった。
前にリットが見たのは、敷物にされた毛皮だけだったが。その美しい毛並みを見間違えるわけは無い。
そして虎だと分かったリットは如何するかと思案する。
虎の引き摺っている巨獣が手に入れば、一年程は肉に困らない。そしてあの虎の毛並みの美しさは、今この時を逃せば手に入らないのではと、リットの狩人の魂を揺さぶる。
そしてリットは、毛並みの魅了に負けた様に、矢筒から自前の矢を二本取り出すと、一本を弓に番える。狙いは虎の後ろ足の太ももの部分。致命傷にはならないが、そこに一矢入れれば襲い掛かられても逃走されても、二の矢が間に合うと判断した。
巨獣を引き摺るために、地面に下ろした虎の足がぐっと力を入れたのを見計らって、リットは一の矢を放った。そしてその矢が当たるかどうかを見るのを待たずに、二の矢を番えて引き始める。
虎にしてみたら巨獣の影からの不意の一撃。矢の風切り音に気が付いたとて、踏ん張った足では逃げるのに一呼吸必要。
誰しもがこの光景を見たら、矢が当たると確信するだろう。
当のリットも、二の矢を番えながら、機動力の落ちる虎の急所を確実に狙える位置へと進もうと、一歩足を踏み出している所だ。
しかしその矢が当たる寸前、地面を蹴った虎の足が翻り、肉球の付いた足の裏で、矢を上から踏みつけて地面へと押し付ける。ぺきりと矢が折れる音が間抜けに響く。
四速歩行の虎では、構造上ありえない動きと素早さ。リットはその光景が信じられない様に、矢を番えたままポカンと見てしまう。
「ん?――おっと、獲物を横取りしようって積もりかな?」
矢を足で踏みつける芸当をした当人が困惑するような声
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