奥様は上級不死者


 親魔物領のとある片田舎。
 魔物の魔力が空気中に濃く漂い、もう半魔界化している場所に、三十台半ばの一組の夫婦が仲良く暮らしている。
 元剣士で夫の名前はリコブ。元魔術師な妻の名前はヒャナ。
 この場所にしては珍しいことに、二人はまだ人間のまま。
 更に珍しいことに、この地で双子の人間の息子を十二歳――精通するまで育て上げたという、一風変わった夫婦だ。
 ちなみにどうでも良いことだが、夫婦の息子達は自ら望んで婿不足に悩む魔界の街へと足を運び。そこで多種多様な嫁を貰って、ハーレム暮らしを楽しんでいるのだと、つい先日夫婦の元に届いた手紙に書いてあった。
 さて、そんな夫婦の間に、いま一つの問題が現れていた。
 そして二人してリビングの机で向かい合い、それについて話し合いを始める所だった。

「なあ。本当にリッチになるのか?」

 そう。唐突に妻のヒャナが、リッチになると表明したのだ。
 別に魔物娘に対して偏見の無いリコブは、別にヒャナが魔物娘になろうと構わない。
 しかし何故、今まで人間で居たのに、唐突に魔物娘になりたいと言い出したのか、それがリコブには分からなかった。

「しょうがないじゃない……」
「さっきもそう言っていたけど、一体どうしたんだい。老いるのが怖くなったのかい?」

 夫婦の顔には薄いながらも皺が刻まれ、確かに魔物娘には関係の無い、老いの兆候が見て取れた。

「違うの。老いる事が怖いんじゃないの。だって、リコブは老いても愛してくれるんでしょ?」
「勿論だよ。君以外の女性に、心移りするわけ無いじゃないか」

 その言葉通りに、この地には美しい魔物娘が溢れているというのに、リコブはヒャナだけに操を立てている。
 
「問題は其処じゃないの。問題は――私の体」
「君の体型は昨日見たけど、見惚れる位に美しいままだったじゃないか」
「違うの。その内側――魔力の殆どが、魔物の魔力に変わって仕舞った事が問題なの」
「それの、何が問題なんだい?」

 言っている意味が分からないと、首を傾げながらリコブはヒャナに続きを促す。

「このままだと。レッサーサキュバスになっちゃうのよ?」
「――ああ、そういうことか!」

 其処まで言われて漸く、リコブは理解した。
 つまり、ヒャナが魔物娘化するのは確定している。だがまだ人間である内に、どの種族の魔物娘に成るのかを選ぼうとしているのだ。

「でも、なんでリッチなんだい?確かに君は、魔術師ではあるけど、知的探求とか不死とかには興味が無かったはずだろう?」
「そうね。でも、今まで培ってきた魔術を生かそうとすると、魔物化の道は三種類しかないの」

 ぴっと人差し指を立てて、リコブに見せるヒャナ。

「まず一つ目は、このままレッサーサキュバスに成った後で、サキュバスの方へと進む道。サキュバスは、魔力を扱うのに長けた種族だから」
「じゃあどうして、その道を選ばないんだい?」
「近くのマナヤさん知ってる?彼女、元は人間の剣士だったんだけど。サキュバスになった今では、剣を握るより夫の股間を握っているのが好きって公言しているのよ」
「……つまり、サキュバスになると、魔術を生かせなくなりそうって事かい?」

 リコブの疑問に、頷きで答えるヒャナ。
 そして人差し指を立てたまま、中指を立てる。

「二つ目は、魔女になる。これは簡単。ただサバトに入信して、子供化薬を服用すればいいだけだし。もしかしたらバフォメットに成れるかもしれないけど、とりあえず方法としては同じよ」
「魔女なら、魔術を生かせるでしょ。なんたって魔女なんだから」
「……私、ロリコンって嫌いなの」
「それって、幼くなった君に、僕が相手するのがダメってことかい?夫婦なのに?」
「それとこれは別よ。やっぱり子供を育てたことのある身としては、大人と子供って言うのは、どうしてもね……」

 其処の価値観は、やっぱり未だ人間の身では受け入れ難いのだろう。
 ヒャナもそれが人間としての認識だと理解しているようで、言葉を濁した後でだけどと言葉を繋ぐ。
 
「だけど。魔物化して、やっぱりロリに成りたいって思ったら、その時にサバトに入れば子供化薬は貰えるから。どうしても次善策になっちゃうわけ」
「まあロリが如何とかはコメントは差し控えるけど。それで最後の三つ目の道がリッチになるってわけだね?」
「その通りよ。リッチなら、多少若返るかもしれないけど、基本的にはこの体に近いままだし。気性は冷静で知性を保ったままだし、魔術も使えるしと、いい所取りなのよ」
「でもさ……リッチってアンデッドだよね?」
「何よ。アンデッドの妻は愛せないとでも?」
「違うよ。仮の死とはいえ、ヒャナを死なせたくは無いっていう、僕の我が侭さ」

 行き成り『ヒャナ』と名前を呼ばれて意表を付かれた
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