わたしリサちゃん、いま彼方の隣に居るの


 ガサガサと、手に提げた缶ビール入りのビニール袋を鳴らしつつ、俺――入谷真当(いりやまこと)は家路に着いていた。
 中小系会社員であるものの、取り立てて趣味があるわけでもなく、かといって恋人が居るわけでもない。なので気ままな独身貴族を満喫するために、今日も今日とて行う晩酌を楽しみに、少し薄暗い住宅街を歩いている。
 そこでピリピリっと、安い背広の懐から音。明らかに携帯電話の着信。
 お尻のポッケにプライベート用のは入っているので、懐に入れているのは勿論、会社用。
 時間外労働のお誘いかなと、少しゲンナリしながら携帯を取り出してみると、見慣れない数字の列。
 明らかに携帯電話からではなく、恐らくは固定電話からの物と思われる、その見慣れぬ数字列に小首を傾げる。
 まあ覚えていないだけで、名刺を渡した誰かだろうと予測して、その場に立ち止まる。

「もしもし。大変お待たせしました。こちら、株式会社万光製紙、営業の入谷です」

 そして電話の相手が誰だとしても、当たり障りの無い文言を選ぶ。
 しかし数秒間電話の向こうからは、何の声物物音も聞こえず、再度首を傾げてしまう。

「もしもし。営業の入谷ですが……」

 催促するようにこちらの名前を告げてみるものの、電話の向こうからは何の声もしない。
 もしや電話が切れたのかと、耳から離して液晶を見てみる。
 しかしそこは通話中の文字が。
 なんなんだと思いつつ、再度携帯を耳に当ててみる。すると電話の向こうから、女性のものらしき、少し高めの、くすくすという笑い声が。

「もしもし。入谷です」

 会社の誰かが悪戯してきたのだろうと、少し腹立たしさの混じった声で、電話の向こうの相手に尋ねる。
 しかし電話の向こうからはくすくすという笑い声しか漏れてこない。
 悪戯なら切ってしまおうかと、携帯から耳を離そうとしたところで、相手から初めて言葉らしい言葉が出てきた。

『くすくす。わたしリサちゃん、いま彼方の隣に居るの』

 はい、いたずら電話決定。
 今時こんなネタ電話を知っているのは、完璧に同年代おっさんおばさんの類。しかも女性の声となれば、行き遅れの可能性大。
 相手する必要も無いと、携帯電話の電源ボタンを押して通話を終了させる。
 まったく、いい歳こいていたずら電話なんて、そんなんだから――と考えたところで、また手にある携帯電話に着信が。
 文字盤を見ると同じ数字列。
 しつこいなと、携帯の電源自体を落として、背広の内側の胸ポケットに仕舞う。
 これで大丈夫――と思いきや、今度はプライベート用の携帯に着信が。
 まさかと思いつつ、尻ポケットから取り出して液晶を見てみると、そこにはやっぱり同じ文字列が。
 あまり会社の同僚にすら教えていないこっちの番号を、何で知っているんだと、少しだけ気味悪く思ってしまう。

「はいもしもし。いい加減、しつこいんですが」
『もぅ、何で直ぐ切っちゃうかな〜』
「悪戯電話は相手しない事にしてるんですよ。それで、其方はどちら様ですか〜?」
『あら。さっき自己紹介したじゃない。リサちゃんって――待って、切ろうとしないで!』

 また悪戯の続きかと携帯を切ろうとしたところで、焦ったようなそんな声が発せられてきた。
 しかし、よく切ろうとした事が判ったな。もしやどこかで見ているのか。でもそんな声は、受話器越しからしか聞こえなかったし。

「それで、そのリサさんが、私に何の御用ですか?」
『ちょっとお願いがあって。あ、でもその前に、二歩ほど下がってくれないかしら』
「二歩ですか?」

 いち、に、と心の中で数えながら後ろ向きに二歩下がる。

『はい。そこで左横を向いて。そこに居るわたしを、彼方のお家に連れて行って欲しいの』
「はぁ?誰も居ませんが……」
『視線が高いわよ。もうちょっと下、下』

 下って言われても誰も居なかったはずなのに。
 しかし視線を下げていくと、全高一メートルほどの大きさの、無地の茶色い紙袋があるのが見えた。

「もしかしてこの中に居るなんて……ヒィ!!」

 麻紐の取っ手を開いてみたら、長い金髪を頂いた後頭部を持つ、ぱっと見で少女と思われる物体が、体育座りで蹲るようにして、その中に入っていた。
 こ、これは警察に電話しないといけないかと、パニックになりながらよくよく紙袋の中を見てみると、その少女の首元には人間ではありえない繋ぎ目が。

「な、なんだよ、人形じゃないか」

 そう、ビスクドールと呼ばれる類の、球体関節を持った人形が入っていた。
 そっと顔を上げさせてみると、目を閉じてはいるが、良くある人形然とした顔つきとは違い、どちらかと言えばオタク向けのフィギュアの様な感じ。
 うん、なかなかに美形。衣服もかなり気合の入った黒白のゴシックドレス。
 秋
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