エルフの嫌いなこと好きなこと

 樹木が生い茂る山の中、一人の男が弓を番えて立っていた。狙う先には一山ほどの大猪――いや、魔界豚と呼ばれる魔獣が、むしゃむしゃと下草の根を食べていた。
 ギリギリと弓をもう一搾りした男の手から、ぴゅんと風きり音と共に矢が放たれる。木々を抜け、枝に当たらず、まっすぐに飛ぶ矢は、狙い違わず魔界豚の額に突き刺さる。
 しかし魔界豚の頭蓋骨が分厚かったからか、普通なら死亡してもおかしくは無いというのに、元気な様子で矢を放った男へと向かって走り出す。一踏み毎に地面が揺れるほどの地響きを生み出しながら、魔界豚は突っ込んでいく。
 ギリギリと二本目の矢を番えた男は、今度こそと意気込んだ様子で、向かってくる魔界豚の眉間に狙いをつける。

「ウルーズ、トゥアート、アラゥ」

 小さく呪文を唱えると、鏃に魔力の光が灯り始める。それを確りと視線で確認し、木を薙ぎ倒しながら迫り来る魔界豚に向かって、限界まで引き絞った矢を放つ。そしてすぐさま横に飛んで逃げる。
 しかし男の矢が魔界豚に辿り着くほんの少し前、魔界豚の横合いから煌く一筋の光が突き刺さり、魔界豚は糸の切れた芝居人形の様にその場に崩れ落ちながら、砂埃を上げて地面の上を滑る。
 やがて砂埃が止み、辺りが静まり返ると、木陰から人が一人出てきた。顔にはフードを被っている為、顔の造形は分からないものの、フードから覗いている金色の髪と、体に纏っている木の葉を多用した衣服からでも分かる細く柔らかそうな体型から、エルフの女性であることは丸分かりである。

「危なかったわね、メドァ」
「いいや、二の矢が間に合っていたさ。スェデギ」

 メドァと呼ばれた男は、スェデギと呼んだ女性に対して、魔界豚の眉間を指差す。そこには矢羽まで深々と突き刺さった矢があった。どうやら先ほどメドァが鏃に掛けた魔法は、威力増加の効果があった様で、これならばスェデギの援護が無くても危なげは無かっただろう。
 しかしそれでもスェデギは不満なようで、苛立たしげな身振りでフードを跳ね上げる。すると押し込んでいたであろう金髪が零れ出し、森に数筋降り注いでいる日の光に反射し、当たりにキラキラと陽光を振り撒いた。

「三つの約束忘れてないよね」

 ぎろりと睨みつけられるようにして、きつい口調でそう詰問されたメドァは、肩を竦めて申し訳無さそうにする。

「忘れて無いさ。『無茶はしない、怪我はしない、君を残して死んだりしない』だろ」
「分かっているんなら、何で魔界豚の向かってくる真ん前に立つの!」
「いや、無茶している積もりも、怪我する積もりも無く。大丈夫だと思ってたんだけど」
「もう、前からメドァは!」

 先ほどの魔界豚の歩みにも負けないほど、ズンズンと足音を立てて歩み寄ってくる。殴られるぐらいの覚悟は済ませたような表情で、メドァは逃げ出すことも無く彼女が近づいてくるのを待った。
 やがて二人の距離が近づき、もう手を伸ばせば届く距離になる。しかしその歩みは、メドァの胸板にスェデギの額がくっ付まで続いた。

「人間は死にやすいんだから、もっと安全に気を配ってよ」

 そしてメドァの無事を確認するかのように、スェデギは彼の腰に腕を回してギュッと抱きしめた。
 意外な行動だったのか、メドァは困ったような表情を一瞬浮かべた後で、申し訳無さそうな顔付きになると抱きしめ返す。

「ごめん。そんなに心配されるだなんて、思ってもみなかった」
「……私がメドァの事蔑ろにした事あった?」
「いやそういう意味じゃなくて。スェデギには、俺が君を残して死ぬような男に見えているんだなって思ってさ」
「だって、いっつも無茶なことするじゃない」
「自分では安全だと思ってやっているんだよ。だってほら、俺は人間じゃなくなったし」

 そこで暫く二人の間に沈黙が流れる。エルフのスェデギは、彼の言った内容を忘れていたかのようにポカンとし。メドァは彼女と自分との認識に、どうして差があったのかを理解して。

「さ、さーて、獲物も取れたことだし、日も傾き始めたし」
「そ、そうね。もうそろそろ引き上げて、周りにお裾分けしないとね」

 やがて二人どちらとも無く気まずげに体を離すと、何事も無かったかのように会話を再開する。

「じゃあ何時も通り、足を縛るのお願いするよ」
「じゃあ運ぶのは宜しくね」

 エルフ語でスェデギが周りに働きかけると、木々が生物かのように動き出し、つる草が何重にも仕留めた魔界豚の足に絡みつき、その股の輪を太い木の枝が通過する。再度つる草が足と枝に絡みつくと、独りでに枝が木から切り離される。
 そんな不思議な光景を、不思議と思っていなさそうな気軽さで、メドァは自分の腕ほどの太さのある枝を掴む。そして軽々といった感じで、小山ほどの魔界豚を持ち上げて歩き始める。
 スェデギは彼
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