勇者部隊の練習場になっているある広場では、そこら中で様々な年の頃な男たちが二人一組になって戦闘訓練をしていた。
がつりがつりと剣と盾が合わさり、ガキガキと鍔迫り合いをする音が広場一帯から発せられ、その顔は皆真剣だった。
そんな光景を一つ段の高い場所から一人の青年が睨みつける様に見ながら、怒号を各場所に向かって飛ばしていた。
「おらそこ、お前はもう勇者じゃない『ただのラミアの夫』なんだぞ!そんな猪剣士のような一か八かの捨て身の攻撃ではなく、どうすれば手傷を負わないで済むか頭を使え!戦場で死んで奥さんを泣かせる気か!」
「す、すいません!」
「そっちで延々睨みあっている二人、お前らいったい何分間鍔迫り合いしているつもりだ、お前らホモか!男同士で浮気してるって奥さんに知らせるぞ!……明日は二箇所で血の雨が降るなぁ」
「「か、勘弁してくださいよ……」」
「ならさっさと仕切り直せ!腹に蹴りを入れるなり、力を抜いて相手の体制を崩すなり早くしろ!勇者時代と同じように何時までも体力が持つと思うなよ、お前らに神の加護はないんだ!」
戦闘訓練をしている組を順々に目で追いながら、彼――リリムのグレンセールの夫であり元勇者のラクリーム・ヴェディエムルは指示を飛ばしていく。
リリムの夫である彼が魔王からの命令で受け持つことになったのは、主神の加護で死に難かったために大雑把な戦い方が身に付き、戦場でいつも死に掛けて戻ってくる元勇者たちの戦闘方法の矯正だった。
たしかに逃げ続けて魔王城の麓までたどり着いた彼ならではの仕事だろう。
「おい、そこのベルゼブブの夫!お前は基礎からやり直せ!」
「ああ、もう五月蝿いっすよ、アンタがドンだけ偉いかしらねーすけど、俺には俺の戦い方があるっす」
新入りの元勇者がそう口答えをするのを見て、周りの元勇者たちはあー自分もああいう時期があったなと懐かしい眼をする。
その新入りの前までラクリームはつかつかと歩み寄ると、模擬剣と盾を構えて対峙する。
「よく言った。ならその戦い方を見せてもらおうじゃないか」
そして数分後、顔面血だらけ痣だらけになりながら床につっぷすベルゼバブの夫。
「何か言うことはあるかな?」
「ズ、ズルイ。いきなり盾を投げつけたと思えばその影に投石を潜ませるとか、鍔競ってるときに目潰と麻痺粉浴びせて動けないところをボコ殴るとか、普通の戦い方じゃねーっす」
「ベルゼブブの夫だからどれだけ汚い手を使ってくるかと期待してみれば、腐っているのは性根だけか。いいか戦場で卑怯とは褒め言葉だ覚えておけ」
ついでにもう二・三人を指導してやろうかとぐるりと見渡すと、フードを被ったローブ姿の女性が眼に留まった。
女性はラクリームが視線を自身に向けたのに気が付いたのか、控えめにラクリームに向かって右手を振っていた。
日の高さを見ると、もうそろそろ昼食の時間に差し掛かる頃合。
「今日はこれで終わりだな……」
そうラクリームが呟くのと同時に、広場全体に溜息にも似た息遣いがあちらこちらから上がる。
しかし戦場で気を抜くと死がやってくるように、この場には鬼教官と化したラクリームが居た。
「それじゃあ今日は解散。ちなみに、次回の集まりまでに改善が見られない奴は、俺の代わりにお前らの奥さんに(性的な意味で)こってり絞ってもらう事にするのでそのつもりで」
ラクリームのその言葉に、元勇者全員さっと顔を青くすると、広場の一角に集まりああでも無いこうでもないと戦術談義に花を咲かせ始めた。
しかしそれもラクリームの罠で、漸く夫が戦闘訓練を終えていちゃラブ出来ると思った妻を無視するような行動を取れば……まあ後はご想像にお任せします。
「お待たせグレン。今日は何処で食べる?」
「何時も通りに家じゃイヤ?」
さっきまでの鬼教官とは打って変わって優しい夫の顔になっているラクリームの腕をぎゅっと握って、その暖かさを確かめるローブ姿の女性は彼の妻であるリリムのグレンセール。
「嫌じゃないけど、たまには……まだ抵抗あるの?」
「ウン……」
グレンセールは自分の容姿に長年自身が持てなかったため、必要に迫られない限り家族の人間以外に素顔を見せることは滅多に無い。
特にラクリームが夫となったことで、吸精で男を襲うことも無くなり、更には『醜いリリムが何になるか』を知ってからは、それが顕著に現れるようになっていた。
グレンセールの母である魔王はこのままではいけないと、彼女を夫であるラクリームを戦闘訓練という名目で引き離し、その間に他の勇者の妻になった魔物と友人になれば少しは改善すると画策した。しかしながらグレンセールの友人となり、その素顔を知った魔物達全員に『夫が変な気を起こすと嫌だから、そのまま素顔隠してて』といわれ、グレンセールに改善する
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