安兵衛さんのお嫁探し


 えー。何と言って始めたらよいものか。
 人の良縁奇縁は妙なるモノと申します。
 ついこの夏頃、お台場の方のお祭りで熱中症で倒れた人を、あれは看護婦さんなのか、マミーのお嬢さんが介抱しているのを見まして。
 あー、こういうのが縁で、二人が付き合いだして、果ては結婚なんぞをするのかな、と思った次第で。
 今のは、まあ少々特殊な例ですが、人がいつ運命の相手に出会うか、それはその時にならないと判らないわけでありまして。

「おい。源さんいるかい?」

 昔は今と違って、気心の知れた相手の家を無遠慮に開けたりするのは当たり前。
 なのでがらりと安兵衛が戸を開けて、源さん――源兵衛という男の家へ上がりこむと、なんと情事の真っ最中。

「わわ、悪りぃ!!」

 慌てて戸を閉めたものの、はて源兵衛にいい人など居たという話は聞いたことがないなと、安兵衛ははたと思い出す。
 幽霊の正体見たり枯れ尾花、というわけはないものの、さては何かを見間違えたかと、今度は少しだけ戸を開けて中を見る。
 源兵衛が寝そべるその横。そこに情事が終わった後特有の、気だるげな女性の顔が確りとあった。
 ああ、これは間違いなく……。これはまずいところに入ってしまったと、安兵衛が気に病んでいると。

「安っさん。そこにいるのは判ってるから、入ってきなよ」
「え、でもよ……」
「いいからいいから。お前さんには、きっちりと女房の事を教えておきたいからな」
「あ、そうかい……って、女房っていつの間に!?水臭いじゃないか、教えてくれれば、ご祝儀の一つもくれてやったのに」
「お前さん。つい先日まで、遠くの作業場で仕事だって、帰ってこなかったじゃないか」
「それならよ。作業場の方に知らせに来てくれよ〜」

 無二の友だと思っていた源兵衛の目出度い出来事に、先ほどの気まずさが吹っ飛んだ様子の安兵衛は、遠慮無しに上がりこむと、彼の隣にいる女房とやらの馴れ初めを問いただし始めたわけだ。
 しかし源兵衛の言う馴れ初めは、なんとも奇妙なお話でありまして。


 つい先日、源兵衛が花見へと酒を持って外に出ようとした途端に、同じ長屋の気の合わない奴らとばったり出くわしてしまったそうで。
 そしてそいつらが源兵衛の姿を見て「桜でも見にいくのかい?」なんて、馬鹿にしたような口調でいうものだから、カチンと来た源兵衛は思わず。
 
「花見に行くかだって!?馬鹿言っちゃあいけねえな。今の流行りは墓見だよ墓見。墓石に卒塔婆を見つつ、酒をくいっと一杯引っ掛ける。これが今最高に粋で風流な洒落事だぜ!!」

 とあること無い事並び立ててしまった訳だ。
 そんな嘘には引っかからないぞ、まったく一体何を言い出すのかと、さらに馬鹿にした様子の奴らにもっと腹が立った源兵衛は、引っ込みも付かないからか、本当に墓を見に出かけちまったのだとさ。
 しかし墓なんぞ、彫っている名前は違えど、見た目はほぼ同じ。長四角の墓石と、その後ろにぶっ刺さっている卒塔婆。
 始めは如何にかして酒の肴にしようと、あれやこれやと考えていた源兵衛。仕舞いにはそれを考えるのにも飽きてしまって、もうなにか面白いものでもないかと、ついっと周りを見てみた。
 すると先日の長雨の所為か、されこうべ(頭蓋骨)が土から見えてしまっていたそうだ。

「あちゃぁ。此処の坊主ども、ちゃんと埋めてやれよな。野ざらしになっちまってるじゃねーか」

 これは流石に可哀想だと、手向けの酒をそのされこうべに掛け、南無南無と供養の言葉を掛けて、土を被せて綺麗に平らにならしてやった。

「さて、いい事をして気分も済んだことだし。さっさと帰るか」

 なんってんで源兵衛が家に帰って、まだ残っていた酒を夕食の後に飲みなおしていた、その晩。
 夜が更けて、もうそろそろ寝るかという時間帯。
 不意に家の戸が、トントンと控えめに叩かれる。
 そして、

「御免下さいまし」

 なんて綺麗な女性の声が掛かる。
 この長屋に居る奴らは安兵衛がそうしていた様に、問答無用で戸を開ける輩ばかり。しかして行儀良く戸を叩く女性の訪問客なんぞ、源兵衛に心当たりがあるわけは無く、はて誰かなと戸を開けてみる。
 するとそこには、目を引くほどの目麗しい女性が、目を伏せつつ立っていたんで、源兵衛は思わず息を飲み込んでしまい、言葉を出せなかったわけだ。

「……だ、誰だお前は。おりゃあ、あんたの様な別嬪に心当たりはねぇぞ。誰かの家と勘違いしちゃいないか?」
「いいえ。源兵衛さん、私は貴方様にお逢いしたく、此処に来たのです」

 どうにかこうにか出した源兵衛の言葉に、女性の言葉が返ってきたものの、しかしどうにも源兵衛には分からない。
 人目を忍ぶかのように、夜更けに源兵衛の家へとやってきたからには、何がしかの理由があるは
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