前編



 地上から約千メートルの上空にて、一組の男女が優雅に遊覧飛行していた。
 女の方はこの上空に不似合いなビキニ状の薄着で、皮膜付きの翼と同化した両手腕を使って空を飛んでいる。
 男は――目にゴーグルを体にはバックパック状のハーネスを付け、二つの大きな鞄を襷掛け、防寒着に身を包んだ体から提げている――ハーネスの肩の部分に備えた金属性の持ち手を女のトカゲに似た足に掴まれ、それで空を飛んでいた。

「ねぇ、今日ばら撒くチラシって、どんなのがあるの?」
「確か、サバトのお兄ちゃん募集のやつと、堕落神への改宗のお知らせだろ。あとは魔物娘喫茶のご案内と、我が街の名物紹介に、魔王様のあり難いお言葉『人魔皆セックス!』というのをイラスト付きで描いたもの。それにちょっとした魔物化の呪いが掛かった符だね」
「随分と種類と枚数多くなったよねー。運ぶのチョット重いし」

 この二人、常人ならば失神してしまうほどの空気の薄さと、呼吸をするのも苦労する向かい風だというのに、付近を散歩しているかのような気楽さで、会話を楽しんでいる。
 それは女の方――ワイバーンという空を飛ぶことに特化した魔物娘は分かるが、優男に見える男はそれに耐えられるのが不自然に思えてしまう。

「あれあれ。ウィードってそんなにへばり易かったっけ。牛一頭なら余裕で一昼夜持ち運ぶでしょ?」
「それはまぁ、そうなんだけど……だって、昨日寝かせてくれなかったじゃない」
「そこは寝かせてくれなかったじゃなくて、ウィードが寝なかっただけでしょ。僕に跨って、腰を上下に振ってさ。虚ろな瞳で虚空見ながら、ずーっとイクイクって喘いで止まらなかっただけじゃないか」

 この言葉の掛け合いでお判りだろう。
 男の方はワイバーンの夫で、種族的には人間を辞めたインキュバスという存在。
 相手の種族に合わせた身体変化を遂げるインキュバスにとって、妻となった魔物娘が住み行く事が出来る場所は、その彼女と同じ程度に適応できるのだ。火山帯に住むのなら暑さに耐えられる様に、水の中に住むのならば水で呼吸が出来る様に、下水に住むのなら匂いの快不快の基準が変わり、そしてワイバーンが妻なら上空の空気の薄さにも寒さにも耐えられる肉体を得る。

「だって、シュラーキのおちんぽ気持ち良いんだ――も、もうここで止め。ただでさえ……」
「ただでさえ残り香で体が燻っているのに、こんな話したら火が付いちゃう?」

 そんな訳で二人は気楽な様子で空の散歩を楽しむ。それが仮に仕事の最中であろうとも。

「だから止めてってば。ここの下、もう反魔物領なんだから、降りて交わる訳にもいかないんだから」
「じゃぁ、さっさと用事済ませて帰らないとね。ウィードの可愛らしいお豆が、ぷっくりと立っちゃってるし」
「ちょっと、何処見てるのよぉ。馬鹿、帰ったら沢山愛してくれなきゃ許さないから」
「たっぷりと愛してあげるよ。騎乗位で散々楽しんで貰ってから、足腰立たなくなるまで後背位で攻め立ててあげるからね」

 手でウィードの掴んでいる足をそっと撫でると、その足の付け根の部分、そこを覆っている布地がその中身から出てきた液体で、じんわりと色が変わる。そしてシュラーキへと、ウィードのねっとりとした熱視線が注がれる。

「さてじゃぁ僕の奥さんの自制が利いているうちに、さっさと済ませて帰ろう」

 眼下に見えてきた、反魔物領内でも大きい部類に入る街へ向かって、二人の高度がどんどんと下がっていく。
 鳥が飛ぶ高度まで下がると、箱庭のそれだった街並みがだんだんと大きくなり、やがてそこの道行く人の目にも空を飛ぶ二人の姿が視認される。
 すると魔物が乗り込んできたと、てんやわんやの大騒ぎになり、道を右往左往しはじめた。

「帰りは、竜変化するから」
「そんなに急いで帰りたいのかなぁ?」
「うん。ちゃちゃっと帰って、ベッドの中でチュッチュしてハメハメするの」

 街の中を右往左往している人物に苦笑いしていたシュラーキの笑みが、その言葉の後では伴侶の仕様が無さへの苦笑へと変わっていた。

「それじゃぁ、姿見せも終わった事だし。弓矢が届かないぐらいに、ちょっと高度を上げつつ街を巡りながら、チラシを撒くとしますか」
「じゃぁ撒き終わったら言ってね。直ぐに竜変化して、一直線全速力で直帰するから」

 翼で風を掴み直して高度をとったウィードに掴まれつつ、シュラーキは体に下げていた鞄から、白黒の活版印刷で作られた文字のチラシや、木版印刷で作られた色みの美しい紙などを取り出すと、ばさばさと空から街へと撒き始める。
 いったい魔物が何を撒いているのだろうかと、興味本位で街人が空に舞う紙と地面に落ちた紙を広い集め始めた。
 文字が読めない者は描かれた絵を見て何なんだろうかと首を傾げ、そして文字を読める者は
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