龍神に仕えるという事は、途轍もなく名誉な事。
なので十派一絡げの宮司だった賢吾は、遠くの僻地ながらも、龍の住む社の神主に任命された事を誇りに思い、その社までの道のりを胸が躍り狂う気持ちで歩んでいた。
しかしその社に辿り着いてみると、そこは酷い有様だった。
「本当に……此処に龍神様が、御住みになっておられるのか?」
そう賢吾が疑ってしまうのも無理は無い。
なにせ石造りの鳥居は一面に苔生し、本来の赤色ではなく緑色で染まっている。さらには社に通じる石段は、春だというのに朽ちかけた落ち葉で覆われつつ、石の間から伸びてきた草のせいで、何処を踏んで進めば良いのかわからない有様。
それに目を瞑ってみたとしても、明らかに手入れしていない事が分かるほどに、神聖であるはずの境内に草木が生い茂り荒れ放題。
まさか龍神様が去って廃墟になってしまっていたのかとも、疎まれて廃社へ追いやられたのかとも賢吾は考えたものの。何はともあれ社の中に立ち入らなければ判らないと、荒れ放題の場所に似つかわしくないほどに大きな社殿へと足を踏み入れた。
しかし見た目は厳かで巨大な社殿ですら、長年手入れされていないのか。所々の床板は腐って穴が開き、天井には雨漏りの跡である黒い染みが広がり、障子紙には大きな穴が開いていた。
祭壇の場所には材木で確りとした神殿が組まれているものの、どれもこれもが埃塗れで、祭壇の鏡が申し訳無さそうに鈍い光を放っているだけ。龍神の姿はそこには無かった。
これはどういう事かと首を捻る賢吾の耳に、風で草木が揺れる音に混じり、なにやら寝息のようなものが聞こえた。
その音を腐りかけの廊下の上を恐々と歩いて辿ると、一つの部屋の中からその音が聞こえた。
まさかどこぞの野盗が住み着いているのかと、そっと賢吾が障子の穴から覗いてみれば、なにやら蓑虫が大きくなったような、毛むくじゃらの生き物がそこにいた。
何だあれはとよくよく見てみると、頭と思しき場所には毛で埋もれてちょこんとだけ角の先が見え、毛で覆われていない末端部分には鱗の生えた蛇の様な体がある。
もしやこの寝息を立てているのが、社の主たる龍神様なのかと驚きつつも、賢吾は龍神様の眠りを妨げてはいけないだろうと、大人しく神殿のある祭壇へと戻り、ひたすらに起きるのを待つことにした。
しかし待てど暮らせど龍神様が起きてくる様子は無い。
着いた時には中天にあった日も、もう山間に隠れようという夕方になっても、一向に起きてくる様子は無い。
「もしや。何かのご病気か……此処は無礼を承知で」
昼寝にしては長すぎるため、賢吾は誰に釈明するとも無くそう口で告げると、軋む床を踏み歩き、龍神らしきものが寝ていた部屋に向かう。
そして伏せったままの龍神の傍らに座ると、余り強くない手つきで、揺すって起こそうとする。
「もし、龍神様。もし……」
「うみゅ〜〜……此許の眠りを妨げる、其は誰ぞ?」
薄っすらとだが、髪の隙間から眼を開けて賢吾の方を見る龍神。
慌てて賢吾はその場に平伏する。
「眠りを妨げ申し訳御座いません。まずはご挨拶を。この度、こちらの神主を任じられました、賢吾と申します」
「うむ。存分に励め……すやすや」
それだけ告げると、龍神はまた寝息を立てて寝始めてしまった。
再度龍神を起こすような真似が出来るはずもなく、賢吾は困ったようにその場に固まってしまってしまう。
これが、賢吾と眠りっぱなしの龍神――臥彌(ふしみ)様との出会いであった。
それから三月が経った後の、二人の間柄はというと。神と神主の関係とは思えないものになっていた。
「おら。部屋を片すんだから、起きろ」
「うぅぅ……そちは乱暴者よな。此許は列記とした神ぞ。それを足蹴にするとは」
「励めと言ったのは、臥彌だろう。神社の片付けをしていたのに、眠る邪魔をしないようにと、最後までこの部屋に手を付けなかったんだから、在り難く思え」
その三ヶ月の間に、賢吾は持ち前の活力と胆力を発揮し、修繕費用と修繕用の材木を、彼が元居た神社任命責任との名目で要請し無理矢理出させ。神社の中で素人修理出来ない部分は、近場の町から引っ張ってきた職人に任せたが、それ以外は職人に尋ねながら自分で修理していった。そして残すのは、起こさなければいつまでも眠っている、臥彌の部屋のみになっていた。
「ほらほら。寝るなら、作業が終わるまでしばらく、縁側で日向ぼっこしてろ」
「あいわかった……ああ、日向が心地よいの〜」
縁側に出る前に力尽きたように眠り始めた臥彌に、賢吾はしょうがないとずりずりと引きずって、作業の邪魔にならない場所まで移動させる。パンパンと手を打ち払ってから、職人を声を掛けて呼び寄せて、臥彌の寝ていた場所の修繕を命令
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