ホーンテッドタウンへの帰郷

 街道を長身の女性が一人だけで歩いている。
 腰まで伸びた金色の髪を揺らし、腰には剣を帯び、背にある外套を風に靡かせて、足に履いたブーツの足音高く、一路魔界に沈んだ街へと向かう道を進んでいる。
 しかしその格好は、その道の先にある魔界へ向かう冒険者にしては軽装に過ぎ、金属や厚皮の鎧を身に纏うこともせず、演劇で出てくる女性軽装騎士の様に動き易さ優先の、胸元腰元に肌が見える程の衣の服を身に着けているだけ。
 教団の勇者でさえ、たとえ全身を鎧で覆っていたとしても、向かうだけで心痛で倒れそうな魔界への道を歩くには、その格好は無謀や無茶という言葉が真っ先に浮かぶ。
 だが彼女の表情は、彼女の性格を現しているかの様に、青空に浮かぶ太陽の様に光り輝く笑顔。
 歩む足運びは、見知った場所へ向かうかのごとく、警戒感がまったく無い軽快さで、腰に剣さえなければ、ピクニックにでも出かけているのではないかと錯覚させるほど。
 そんな足取りで進んでいた彼女は、小高い丘の頂上に足を付け、そこで一度足を止め、歩いている道の先――魔界に沈んだ街の全貌を見つめる。
 人の目では街の詳細を見ることは出来ないが、遠眼鏡や遠見の魔法が使えるものが見れば、此処からでもあの街を闊歩している存在まで、ちゃんと目に入れることが出来る。
 どうやらアンデット系統の魔物娘で支配されているのか、街道には一人身のゾンビやスケルトンがうろついて獲物を探し、路地裏ではグールが男を銜え込んで喘いでいる。建物の窓のガラス越しに、ゴーストらしき何人もの影が躍る。
 そんな街中に、支配者が如何にも住んでいそうな、大きな屋敷が街の中心部分にある。
 魔界に沈んでいるにしては、そこは庭園が小奇麗に整えられ、建物も手入れされているのか汚れてはいない。ただ全ての窓に、分厚いカーテンが閉められているのは気になる所ではある。
 そこで一陣の風が空気を運んでくるかのように、丘へ向かって吹き抜けてきた。

「あはっ。久しぶりだね、この空気」

 風に外套と髪の毛を揺らされながら、風の中にあった魔界の匂いに、懐かしさが込み上げてきたかのように、彼女の頬はより緩み微笑んでしまっていた。




 あの街に入り込んだ彼女を、街道をうろついているアンデット系の魔物娘たちは、襲うことをしなかった。
 男性であれ女性であれ、見つけ次第仲間に引き入れようとする彼女らにとって、この事は大変珍しいことだ。
 そのまま彼女は街道の真ん中を堂々と歩き、やがて街の中心にある屋敷の、固く閉ざされた鉄の門扉にまでたどり着いていた。
 普通の冒険者ならば、さあ行くぞと気を引き締める場面だろうに、彼女はあっさりと門扉を手で押し開き、庭園の植木並木に目を奪われる事も無く、中に入っていく。
 しかし庭園の中心にある噴水の前に一つの人影。
 この屋敷の執事だろうか、白いシャツと黒いベストに赤の短ネクタイを上に、下に黒いズボンに身を包んだ、短く綺麗に整えられた黒髪と、柔和そうな目の黒瞳を持つ、二・三十代の成年男性が一人。
 彼女を迎え入れるかのように、そっと腰を折って頭を下げる。

「お帰りなさいませ、ラピルお嬢様。お出迎えが遅れた事をお詫びいたします」
「もしかして、ハーディかな。よく僕だと判ったね?」
「自分が、ラピルお嬢様を見分けられぬ訳が御座いません」
「もう、背も体も見違えて大きくなったって言うのに、昔と変わらず勤務中は固いねハーディ。僕には畏まらなくても良いって、いつも言っていたでしょ」
「ラピルお嬢様は、我が主の妹君に在らせられるので、そう言う訳にも参りません」
「でも僕、姉上の様なヴァンパイアじゃなくて、一族の嫌われ者のダンピールだよ?」
「関係御座いません」

 腰を折りつつそう断言する執事――ハーディに、ヴァンパイアの腹から生まれながら、ヴァンパイアの天敵の定めを持つダンピールへ、ヴァンパイアを仰ぐハーディが嫌悪を抱くのではなく、主へ向ける信と変わらぬものを差し出している事に、ラピルは苦笑してしまっている。
 そんなラピルの心情を察しているのか居ないのか、お辞儀をしているハーディの顔は見えず、彼の言葉の真意を窺うことも出来ない。
 そうしてラピルの苦笑が引っ込むのを待っていたかのように、ハーディは腰を伸ばし顔を上げると、途端に困ったような表情になってしまう。

「しかしながら、折角ラピルお嬢様がお帰りになられていて申し訳ないのですが。只今主は睡眠の真っ最中で御座いますし、大旦那様と大奥様はお部屋にお篭もりになられていますので。お嬢様が対面なされるには、日が落ちるまでお待ち頂く事になってしまうのですが。宜しいでしょうか?」
「じゃあ待たせてもらおうかな。あ、僕の部屋まだある?」
「はい。いつラピルお嬢様がお帰りになられても良い様に、
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