たっぷり射精したティッシュには蝿が湧く

 ごそごそとがさがさと音がする。
 それが何の音か判らずに、畳の上で大の字で寝ていた男は、目をうっすらと開けながら、音のする方向へその目を向けた。
 視線の先に居るのは泥棒かと思いきや、人影はゴミ袋を漁っている。
 さすがに泥棒でも、ゴミまでは漁るわけは無い。
 さて何だと思っていると、その人型の影は、背に昆虫の様な大きな薄い羽を持ち、尻からは虫の腹のような物が突き出ているのが判った。
 ゴミと虫に関連を持つ人影といえば、デビルバグかベルゼブブかという選択肢しかない。
 そして常時大きな羽を展開している方となれば、選択肢は一つに絞られる。

「これは凄い。唯でさえこってりとした雄の匂いを放つ精に、ツンと発酵された香りを放っている。極上ではないか……」

 ゴミ袋から使用済みの丸まったティッシュを手に取り、鼻っ面に押し付けながら匂いを嗅ぎつつ、その匂いをソムリエの様に言い表しているのは、明らかにベルゼブブだった。



 ここで時間を巻き戻そう。
 エコや節電などの標語が並ぶニュースを見ながら、遅めの昼食を取っている男が一人、エアコンの無い蒸し暑い安アパートの一室にいた。
 その部屋に一人である事と表札から、彼の名前が宇治和久(うじ かずひさ)という名前である事がわかる。
 しかし窓を開けっぱなしにしても温い風しか入ってこないからか、それとも和久が食べているのが丼に入った即席のラーメンだからか、彼の体は汗でべったりと濡れている。

「ふー……ご馳走さんっと」

 からんと丼の中に箸を放り入れながら、食後の挨拶を言った和久は、六畳敷きの畳の上にごろりと横になった。
 そして彼の頭の中は、つらつらと今日のこの日――つまりは休日をどう過ごすかという事を、今更ながらに考え始めた。
 腹が減って起きたは良いが、日頃の仕事の疲れからか、どうにも中途半端な時間に起きてしまったために、彼は時間を持て余しているようで、どこかに遠出するには遅すぎるし、近場に繰り出して夕食を食べに行くにしては早すぎると、あれやこれやと考えていたが、不意に下半身にある感覚があることに気がついた。
 それは言葉で表すと『むらむら』とかいった、直接的に言えば体からの性処理が必要になったという合図。
 まだ昼も半ば程の日が高いからと、少しだけ躊躇ったものの、和久はその感覚を自覚してしまうと、段々と我慢が出来なくなってきてしまった。
 彼女の居ない男の一人暮らしならば誰に構う事があるかと、和久は上体を起こすと、まずは風を取り入れるために開け放っていた窓を閉じ、遮光のために薄いカーテンを閉め、そして押入れから一人慰めるための、オカズになる物を手に取った。
 頭の中で会社の知り合いをオカズにする人もいるだろうが、和久はそれをすると罪悪感が酷い為、もっぱらエロ本を使用しての自慰が多い。
 その秘蔵のエロ本の中から、今日の気分に合う物を選んで手に取ると…………
 詳しい描写は、彼の名誉の為に割愛する事にする。
 しかしながら、彼は普通の人としては性欲が強いのか、一時間もの時間をかけて五発の精液を放っていた。
 無論それらはティッシュに包まれて、ゴミ箱へぽいっとされるのだが、そのゴミ箱も今日までに彼が捨てた、丸まったティッシュで埋もれてしまっている。

「ふー……ゴミ袋に移すか……」

 賢者モードで気だるげな和久は、ゴミ箱の掛けていたレジ袋ごと中身を取り出すと、ゴミ袋を広げてその中に押し込み、ついでにと部屋にあったゴミを押し込んでから、洗ってあるタオルを手にして、汗まみれの体を拭いていく。

「涼しく感じるな……」

 脱ぎ捨てていたパンツを穿き、汗をタオルを首に掛けた和久は、ガラリと閉めていた窓を開けて、生ぬるい夏の風を部屋の中に入れる。
 閉じきっていた為か、生暖かいはずの空気は、一運動終えた彼にとって、心地よい涼しさに感じられたのか、少し遠い目でその風を浴びていた。
 その目がチラリと部屋の時計に向けられ、夕食まではまだまだ時間があるしと口に出してから、体の気だるさに誘われるように一眠りすることにした。




 そして時間は今に戻る。
 つまりは彼のゴミ箱に溜まっていた使用済みティッシュが発酵し、さらには自慰で新しい精を放った事も手伝って、和久が寝ているうちにゴミ袋に蝿が湧いたのだった。
 前後関係がはっきりしたところで、まず和久が何をしたかというと、恍惚という文字が似合う表情を浮かべている、不法侵入のベルゼブブへと、首に掛けていたタオルを投げつける事だった。

「まだ前菜の段階だ。デザートには早いぞ?」

 しかしながら身のこなしが素早いベルゼブブ。
 あっさりと顔に向かって投げつけられたタオルを掴むと、今度はそれに含まれている汗の匂いも味わいはじめる。

「出てけよ、この
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