とある国での、転換期の騒動記


 ジパングのとある地方。大きなお城が目立つ、昔から戦で土地を拡張してきたとある国。
 その国がいま親妖怪派に傾くか、反妖怪派に傾くかの瀬戸際に立たされていた。
 もともと戦闘力の高い妖怪は戦で活躍する者が多く、民草の間では妖怪と共に暮らす事は当たり前だったのだが、事が国を動かす重役となると話は変わる。国を淫欲で満たそうとする妖怪を、国の中枢に入れれば国が崩壊すると渋る者と、戦場で活躍し国の拡張に貢献した功績を鑑みて、国の中枢に妖怪を入れるべきだという者とに別れていた。
 しかも悪い事にこの国の殿は、先日崩御なされた先代に代わったまだ歳若い少年であり、彼に物事を解決する鶴の一声を発する事は出来よう筈が無い。それでも幼いみぎりから妖怪と接してきた彼は親妖怪派であり、このまま彼が元服を向かえれば国は親妖怪派に完全に移行できることだろう。
 しかしながらそうは物事が簡単には片付かない。 
 どうやってその殿に取り入ったのかは不明だが、後見人になった男――名前を鳴条鱒克(めいじょう ますかつ)という、足軽から拝領持ちの武将にまで成り上がった家系の嫡男で、つい先日家督を継いだばかりの青年が問題なのだ。
 彼は足軽という妖怪と釜の飯を共にする間柄の家柄出身というのに、妖怪嫌いとして界隈で有名だった。
 普通ならば、家の女中に一人や二人ぐらい妖怪を雇っているのだが、彼は一切の妖怪を屋敷に入れることは無く。むしろ彼が家督を継いでからは、幼い頃から働いていた女中にさえ暇を無理やり取らせて屋敷から追い払ったという噂が、ここいらの住民の間に流れている。
 しかしその彼が若殿の後見人になり、国から妖怪を追い出そうと躍起になればなるほど、それに反発するように城の重鎮は元々が妖怪嫌いだった者たちも含めて、ほぼ全てが親妖怪派へと流れてしまい。いまや彼だけが反妖怪派といった有様である。
 このまま殿が成人なされば、鳴条めを失脚させると息巻く重鎮と、失脚させられてたまるかとばかりに、廻船問屋を抱え込んで大金を動かし、国を牛耳ろうとする鳴条鱒克との闘争という筋書きの芝居が、今や町人の間で大名物演目となっている。
 そんな件の有名人物の暗殺がクノイチの里にもたらされたのは、ついさっきのことだった。

「この大物を仕留められるのは、この里で今ではお前だけだろう。見事に果たしてみよ」
「ハッ」

 天井裏に潜みながら指令を受けたクノイチは、そのままの足で鳴条鱒克の屋敷へと向かった。


 たどり着いて見ると、流石に拝領持ちというだけあり、立派な造りの広いお屋敷。しかしクノイチは気配を消しながら塀の上に陣取り、屋敷の様子を見渡して、少し違和感を感じた。
 噂通りの賢しい人物ならば、命を狙われる危険性を認識しているだろうに、なのに屋敷を見回る者が異様に少ないのだ。
 噂が偽りだったのか、それとも何かの罠なのか。
 どちらにせよクノイチにとって、対象の暗殺こそが重要。罠があろうと無かろうと、今宵この時に暗殺を完了するのが、暗殺指令を受け取ったクノイチのしなければならない事なのだから。
 覚悟を決めたのか、クノイチは塀から飛び上がると、石灯篭や踏み石などの踏んでも音が出ない物を足場に飛びまわる。そして庭から屋敷へとたどり着くと、見回りの男をかわすために一時天板に張り付きやり過ごした。
 素早く音も無く廊下を駆け抜け、暗殺対象である鳴条鱒克が居ると思わしき離れへと続く廊下へ足を踏み出そうとして、クノイチは足を止めた。そしてその場にしゃがみ込むと、何を思ったのか床板をほんの軽く手で押す。
 軽く触れるほどの力加減なので大きくは無いが、廊下は古い床板を踏んだときのような軋み音を上げる。つまりこれは防犯用の鴬張りの鳴り廊下。
 道理で見回りがこの床の上を歩かないわけだと納得した様子のクノイチは、先ほどと同じように天板に張り付くと、天井を蜘蛛の様に這い進んでいく。
 やがて程なくして離れの一室――明かりの点いた部屋へとたどり着いたクノイチは、暗殺対象を襲おうと逆さのままで障子に手を掛けたが、中の声が耳に入った。どうやら暗殺対象は一人ではないようだ。
 一旦障子に触れていた手を引っ込めたクノイチは、廊下に下りることなく、離れの屋根へと逆上がりの要領で上ると、静かにゆっくりとした動作で屋根瓦を外し、その下の板を背負っていた忍者刀でくり貫くと、するりと天井裏へと潜り込んだ。
 そして暗殺対象の居るはずの部屋の上の天板を少しだけずらし、中の様子をそっと伺う。

「あんぁ! 鳴条さま、お情けを、お情けを下さいまし」
「だめだ。まだ夜は始まったばかりではないか」
「ぅんッ、あぃひゅ、そんな、鳴条さまはいけずですぅう!!」

 天板の隙間から覗いた部屋に広がる光景は、暗殺対象である全裸の鳴条鱒克が女
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