貴方に轢かれました♪





 社会人になって数年。
 ようやく新人の肩書きが取れたと思えば、張り紙一つで地方の営業所へ。先輩はこの会社一の出世コースだ、とか何とか言っていたが、体のいい厄介払いだろう。
 別に俺が何かヘマをやらかしたわけではない。
 新人だから流石にミス無しとはいかないものの、だからこそ二度と同じ失敗は繰り返さないように勤め、そして同じ失敗は現に繰り返さなかった。
 しかしそんな俺の努力も、同期入社の期待のアイツが居たのでは、ただの失敗をしまくる男にしか目に映らないだろう。
 なにせアイツは一流大学出のイケメンで、事務仕事や営業回りもそつなくこなす完璧超人なのだ。俺のような三流大出の凡人が逆立ちしたって、一つたりとも勝てる要素がない。
 輝く太陽の前に、豆電球の光など必要とする者はない。なので豆電球が欲しいという場所へ送ってやろう。
 それぐらいの感覚で、きっとおそらく俺の処遇は決まったのだろうと思っている。
 まあいいさと半ば諦めの境地のままに引越しをし、地方の営業所で慣れない方言を喋る上司に揉まれる毎日を、いまは繰り返している。
 環境の変化は心身共に影響するとは良く言ったもの。
 初めての土地で暮らし始め、足が必要になったので捨て値で売っていた中古の軽を購入し、歓楽街など近場には無いので生き抜きも出来ず、会社と自宅をただ往復する毎日に、俺の体も心も疲れきっていた。
 そしてそんな折に本社の誰かがヘマをやらかしたらしく、そのとばっちりが何故か遠く離れたこっちにまで押し寄せ、ここ数日は残業してまで火消しをしなければならなかった。
 今日はここ数日で見慣れてしまった、営業所のソファーで寝転がる先輩と上司に退社の挨拶をして、俺は疲れた体を引きずるようにして車に乗り込み、自宅への帰路に着いた。
 そしてつい先ほどまで、半ばルーチンワーク化した運転で、車を転がしている最中だった。

 なんで俺が今更こんな事を思い出しているかというと、俺は今人生で最大のヘマをやらかしたからだ。
 いや雨が降っていたからだとか、対向車がハイビームにしていたせいで目が眩んで数秒間道が見えなかったとか、色々と言い訳は出来る。
 しかしそんな事で、俺のやらかしたヘマが帳消しになるわけではない。
 俺がどんなヘマをしたのか。
 簡単だ。人を轢いてしまったのだ。
 雨足が強くなってきてワイパーを早める寸前、車のライトで目が眩み、悪態を付きつつ目にちらつく残光に辟易していたその時、ワイパーがフロントガラス一面の雨粒をふき取ると、直ぐ目の前に和服姿の女性が立っていた。
 慌ててブレーキを踏みつけたが、無駄だと自分自身分かっていた。
 車体に走る軽い衝撃と、フロントガラスに撥ねた女性が叩きつけられる音。女性は前へと吹き飛ばされ、ライトに照らされる地面を転がる光景。
 やってしまった。という思いと同時にどうしたら良いかを考えてしまう。
 チラリと視線を車内時計に向けると、女性に追突して一分も経ってない。視線を前に戻す前に、ふと三つのミラーを横目で確認して、回りに他の車は居ない事を知った。
 幸いな事に車は居ないから逃げろと保身を訴える俺と、轢いてしまったからには責任を取れと責める俺が心の中で暴れまわる。
 逃げる事はできただろう。ちょっとアクセルを踏みさえすればいい。そのまま自宅で寝て忘れる事も出来るだろう。
 しかし、そんな事は出来ない。
 幾ら三流大出で凡人で、うだつの上がらない駄目社員の俺でも、やって良い事とやってはいけない事の区別は付く。
 ここで逃げるのはやってはいけない事だ。
 
「おい、アンタ。大丈夫か?」

 自分が仕出かしたのに、大丈夫もないだろうと心の中の俺が話す中、車を降りて雨でずぶ濡れになりながら道路の上に横たわる女性へと歩き寄る。彼女も雨に打たれた所為でずぶ濡れになっていた。
 何故か俺は咄嗟に回りを見渡してその女性の傘がないか探したが、轢いた時に車のライトの届かないところへと吹き飛ばしてしまったのだろう、近くには見当たらない。
 しょうがない。こんなものでもないよりましか。
 そう思い俺はスーツのジャケットを脱いで女性へかけてやりながら、女性へ外傷がないか確かめた後で、少し強めの力で女性の肩を叩きながら話かける。

「おい、大丈夫か?意識はあるか?」

 あんなに派手に吹っ飛んだんだ、意識があるか怪しい。叩いても目を開けないしうめき声も出ない。
 はっとして口元に耳を当てて息をしているか確認するが、呼吸をしている様子がない。胸も上下に動いていない。首筋に手を当ててみると、冷やりとした皮膚の冷たさは感じたが、脈拍を感じることは無い。

「ちくしょう。本気かよ!」

 教習所でしか習っていないうろ覚えの人工呼吸を思い出し、女性の気道を確保し、少し躊躇
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