この世には知らない方が幸せな事が沢山ある。
知ってしまったが故に、人は悩まなければならない。
そういまアパートの一室で頭を抱えている一人の男――名を岬太一というこの青年もまた、知ってしまったが故の苦悩を抱えていた。
「はろろ〜ん。たいち〜、遊びに来たよ〜♪」
そんな太一の苦悩など知る由もない一人の妖狐――太一の付き合っている彼女である揚貴は、右に涙黒子がある顔に満面の笑顔をたたえ、妖狐らしく胸元が大きく開かれたトップスと、脚線美を誇るかのようなぴっちりと体型に合ったボトムスを合わせた服装に、三本ある金色の尻尾を誇らしく振り、無駄に元気良く扉を開けて入ってきた。
普段の太一ならば、ため息をつくなり軽口を叩くなりして揚貴に反応を返すのだが、今日この時においてはその余裕すらもない様子だ。
「ねぇねぇ〜、どうしたの〜?彼女のようちゃんが来たのに、反応皆無なの〜?」
自分のことを恥ずかしげもなく愛称で呼んだ揚貴は、玄関に靴を脱ぎ捨てたかと思えば、そのままの勢いで太一の首っ玉に腕を回してしなだれかかってきた。
ここまですれば、なにか太一が反応を返してくれると期待しているように見える揚貴だが、しかし太一の反応は鈍く表情も暗い。
まったく何でこんなにも暗いのかと、揚貴が原因を探ろうと部屋を見渡してみると、机の上に一冊の雑誌があった。
表紙にデカデカと『モフっ娘☆天国 vol.3 今日の気分は妖狐さん』という文字を見た揚貴は、驚いたように目を見開いてそれを見ていた。
そして独占欲が強い種族の魔物娘がそうするように、彼氏の不貞をなじるのかと思ったのだが、しかし揚貴は腕の中にいる太一を優しい力加減で抱きしめる。
「もしかして、こんな本を買ったのを私が怒るとでも思ったの?心配しなくても、こんなので怒ったりはしないわよ」
暗い表情の太一の耳元でそうつぶやいた揚貴だったが、太一の反応は安心するどころか、むしろその言葉と抱擁が癇に障ったようで、少し力を腕に込めて揚貴の抱擁を解いてしまった。
いくら痴話喧嘩で怒っていても、いったん揚貴抱擁を受ければ、それを拒否したことがない太一だったのにと、揚貴は驚いた様子で太一の顔を覗き込んだ。
「普通に謝ってくれるなら、君を許そうと思っていたのに。裏切られた気分だよ……」
太一が『君』と揚貴を呼ぶのは、彼が心底怒っている時だと知っていた揚貴は、身に覚えのない『裏切り』というキーワードと太一の怒気に、今度は逆に揚貴の表情が曇る。
「ねぇ、どうしちゃったの?私、たいちの気に障ること何かした?」
つい先日デートした時には、別れ際にあんなに熱いベーゼを交わしたのにと言葉を継ぎ足しながら、揚貴は恐る恐る原因を聞きだそうとした。
そんな揚貴の様子に、太一は体にたまった怒気を吐き出すように深々とため息を吐き出すと、『モフっ娘☆天国 vol.3 今日の気分は妖狐さん』のドックイヤーのついた場所を開いた。
そこにはタイトルに違わず、目に黒い線を入れられた数々の妖狐の写真が貼り付けられていた。
しかしそのどれも服を肌蹴て乳房を出していたり、スカートを捲り上げてパンツを見せ付けていたり、パンツを脱いでお尻を丸出しにしながら数本の尻尾をピンと立てていたりと、男性の劣情を煽るようなポーズをとっていた。
AVやグラビアなどで見かけたことがない彼女らは、おそらく一般人――つまりはこの本は、素人の裸の写真の投稿で成り立っている雑誌ということだろう。
「まさか他の妖狐のことで私を詰っているわけじゃないわよね?」
しかしながらその本と自分とを繋ぐ接点が判らないのか、揚貴は伺うように太一の表情を見た。
太一はそんな揚貴の様子に、少し意外そうな表情を浮かべた後、苛立たしげに一枚の写真を指差す。
そこには真っ裸の妖狐が肩幅に足を開き、恥ずかしげもなく肌色を曝しながらダブルピースをしている写真だった。
「これが、何?」
「……これ君だろ、揚貴?」
その言葉に再度その写真に写った人物に目を移す揚貴。
目に黒線が大きめに入っているので顔は良くわからないが、確かに顔立ちや髪型は良く似ているし、尻尾の数も三本ある。
投稿者の名前にはHNで『YOKI』と書いてあり、揚貴を連想させるものだった。
「まさか髪型や尻尾の数が同じだからってだけで私のことを疑うの?」
「俺だってそれだけだったら、君の事を疑ったりしないさ。でも、妖狐マイスターの
#22118;里(しゃっくり)のやつが『これ前に写真で見せてもらった太一の彼女じゃない?毛並みそっくりだし』って言ってきたんだぞ。あいつが妖狐の毛並みを見間違うなんてありえない」
出てきた
#22118;里という名前に、すこし揚貴は驚いた。
妖狐と稲荷を
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