おまけの後日談


 二人の人影が上がり框を挟んで笑い合っている。

「つい最近聞いて驚きましたけど、しかし今のお縞さんからでは、昔は業突く張りの金貸し狸だったなんて考えも付きませんよ」
「もう止してくださいよ、清水堂の若旦那。あれは若気の至りというやつで、今は従妹に両替商の跡目を譲っているんですから」

 一人は商人風の衣服を身に包んだ男。もう一人は頭に丸みを帯びた耳を持つ、町人風の衣装で身を包んだ女。
 男は清水堂と呼ばれる雑貨屋の主人の息子で、女はこの家の奥方で――昔は金貸しとして名を馳せたお縞である。 

「笑い話の最中申し訳ないが、頼まれていたもの出来たぞ」

 そしていま部屋の奥から頼まれていた安物の竹で出来た櫛を十ほど持って現れたのは、この家の主人でありお縞の旦那である丁。
 そうお縞と丁の二人はあの騒ぎの後、そう間を置かずに夫婦となったのだった。
 二人ともその時よりも幾分か歳は取ったが、人間の尺度でもまだ若いと言って差し支えの無い歳である。

「いや御免よ丁さん。こんなちゃちな仕事を頼んじゃって」
「仕事にちゃちや高尚も無いだろうに」
「そうだよ若旦那。それに家の人ったら久しぶりに竹で櫛が作れるって、子供みたいに張り切っちゃって」
「それは言うなつってたろうに……」
 
 お縞の軽口に合わせて丁も合いの手を入れる。
 その睦まじい姿は、まさに夫婦の鑑と言ったところだろう。
 しかしその二人の姿を見ていた若旦那は、これから始まる地獄のような時間を脳裏に思い浮かべたのか、少し額に汗をかいていた。

「それで仕事の御代のご相談なんですが」
「承りましょう」

 ぱちぱちと何時の間にやら手に持った算盤を弾くお縞と、さて清水堂の若旦那の腕前拝見といった感じで見ている丁の姿に、若旦那はこの二人が『商人の登竜門』と呼ばれている事を頭の中で反芻していた。



 青い顔で値段の交渉を終えた清水堂の若旦那は、二人に頭を下げてから精も根も尽き果てたといった足取りで、よろよろと自分の住処へと引き上げていった。

「あの調子じゃあ、まだまだ大事な商いは任せられないねぇ」
「少しは手加減してやれよ。最後らへんは完璧に心が折れていたぞ」

 底意地悪そうに笑うお縞を窘めるような口調の丁だが、ついさっきまで彼も内心は、若旦那がお縞との交渉でのおたおた振りを面白がっていた。
 
「そんなの駄目よ。清水堂の旦那からは「手加減無用」と言付けを貰っていたのだし」
「大商いの番頭も泣かすお縞に手加減無用とは、旦那も酷だ……しかしここ最近、良いように周りの連中に使われている気がしないでもないな」

 その丁の言葉通りに、ここ最近は丁に飾職の仕事を頼むついでに、期待をかけるお抱え商人を鍛えてくれと頼まれている事が多い。
 昔にこの界隈で幅を利かせていた元金貸し屋の狸と、仕事に一切の妥協をしない腕利きの飾職人で、さらに商人の内情にも明るい丁の組み合わせは、確かに商人たちにとっては二つと無い稀有な『試しの場』であることは間違いがない。
 当初は仕事が舞い込むのならば別に良いかと放っておいた丁だったのだが、噂が噂を呼びこちらもこちらもと仕事の量が増し、更には値の交渉で時間を大幅にとられてしまう今日この頃では、それが間違いであったと言いたくなる状況だった。

「教育料として、品物を少し割高で取引しているんだから良いじゃないのさ」
「俺としてはそれが不満なんだよ。俺の作をもっと広く人の手に渡って欲しいのに、これじゃあ値を高く設定されて手を出されにくくなる」
「それは気にしなくても良いさ。取引先には最も高値でこの値で売ってくんなきゃ、取引は今後無しって言ってあるし」

 ぱちぱちっと算盤を弾いてその値を丁に見せるお縞。
 確認するとこれならば丁も不満はないと思える程度の値が、算盤の珠で形作られていた。
 流石は出来た嫁だと丁が内心褒めたのも束の間。

「だって頼むって言われたから高値で取引させるように交渉しているのに、向こうが高すぎるって値を吊り上げるんじゃあ、教育にならないしねぇ」

 目の周りに遮が入ったあくどい笑みを浮かべるお縞の顔に、この町で幅を利かせていた頃の金貸しの名残を見た丁は、今後取引に来るであろう商人に『お縞の楽しみの餌食になってくれ』と心の中で南無南無と口で唱えながら手を合わせた。
 
「さて、今日はもう受け取りに来る人は無いし、アンタの仕事も切迫したのは無いはずね」
「切迫したのは無いが、まだ日が出てる内は仕事をするぞ」

 お縞のしたいことやりたいことを察しつつも、世間体というものを気にする丁に応じるつもりは無い。
 それにお縞が受け入れた仕事のお陰で、直ぐ先に納入が重なっている日があるのだ。うっかりとすれば期日が過ぎてしまいかねない。
 丁の職人魂には、そ
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