迷宮洞窟の最奥で蛇のように……


交易の道から外れた場所にある、とある洞窟。
ここは数年前まで、冒険者の間で難攻不落の迷宮として語り継がれていた場所。
しかし今では、此処に訪れる冒険者は居ない。
それは不死身と恐れられた男率いる熟練冒険者のパーティーがここに挑んだ後で消息を絶ったという事実と、彼らが山の様な財宝を持ち出したという噂が合わさり、もうこの洞窟に危険を冒してまで攻略するほどの価値が無いと、大多数の者が判断したためだった。それでも当初は少数の者が真相を確かめようと向かったものの、その洞窟があったはずの場所を幾ら探しても、穴の一つすら見つけられないという有様。
そうしてなんだかんだで何時しかその洞窟のことは人々の記憶から消え去って行き、時折昔を懐かしむ冒険者の思い出話に上る程度の存在に成り果てた。

そんな洞窟の最奥の場所に、一組の共に全裸の男女が一つのベッドの中に仲良く横たわっている。
男の方は頬や腕に古い刃物傷と思わしき直線の傷を持ち、体躯は筋骨隆々で顔立ちに彼が経験した冒険の苦労から得た渋みを持つ偉丈夫だが、その腕は壊れ易い宝物を抱いているかのような柔らかな力使いで、腕の中にある人を抱いていた。
そんな男に抱かれている女性のほうはというと、男の厚い胸板に幸せそうに緩んだ頬を摺り寄せ、細っそりとしながらも女性らしい柔らかな肉付きの腕で男を力強く抱きしめている。
しかしその顔や腕の肌は死人かと思うほどに青白く、そして何より顔の両側から一匹ずつ頭皮から生えているとしか思えない蛇が伸び、その彼女の腰と二の足の境から伸びているのは人間の足ではなく蛇の胴体。
その見た目の通りに彼女は普通の人間ではない。彼女は俗に『魔物の母』や『迷宮の主』と呼称される存在であり、ラミアの上位種であるエキドナと呼ばれる魔物娘。
この麓では頭から人間をバリバリと食べてしまうと謂われがある存在の彼女だが、男性の腕の中で幸福を噛み締めるその姿は普通の女性となんら変わる事の無い、美しくも可愛らしい寝顔だった。
その彼女が匂いを男に擦り移す様にまた彼の胸板に擦り付けると、そのくすぐったさに男の意識が覚醒を促されたようで、薄らと男の目が開かれた。
余り寝起きの良い方ではないのか、男の目付きは子供が見たら泣き出しそうな相貌になってしまっているが、その視界の中に自らの腕の中で眠るエキドナを見つけると、その目がゆっくりと愛しいものを見るための優しい目へと変わっていく。
彼はエキドナを抱いている腕を持ち上げると、彼女の頭へとその大きな掌を置き、ゆっくりと彼女の眠りを妨げないように気をつけながらその髪の毛を手櫛で梳く。
その手の感触に反応したのか、エキドナはくすぐったそうにより一層男の胸板へ顔を埋める。
そんな彼女の様子を声を出さずに緩やかに笑った男は片手でエキドナを抱き寄せると、もう片方の手をベッドの横に備え付けられた台の上にあるバスケットの中に手を突っ込み、中をごそごそと漁り始めた。
しかし彼の手は空虚を掴むだけ。
訝しんだ彼はバスケットの縁を掴むと、自分へと引き寄せながらその中を見る。
だがその中には何も入っておらず、ただただ竹で編まれた空間だけが広がっているだけだった。
男はそのバスケットの中身と腕に抱いたエキドナを交互に見比べた後、バスケットを台に戻す。そしてエキドナの腕をゆっくりと外すと、ベッドを軋ませないように気をつけながらベッドから立ち上がろうとした。
男が腰をベッドから浮かせた、その瞬間に寝ていたはずのエキドナの蛇の体が翻ると、立ち上がろうとしていた男の胴体へと巻き付きベッドに引き戻してしまう。

「マーチェ、何処に行くの?」
「エルゥトー、起きたのか?」
「ええ。マーチェの体温が消えたのを感じたから」

ゆっくりとマーチェと呼んだ男の背中に、自分の顔ほどもある豊満な胸を押し付けるように体を乗せながら、エキドナ――エルゥトーは彼の耳元で寂しさを露にそう言葉を紡ぐ。
エルゥトーの言葉に非難する音を感じたのか、マーチェは安心させるように胴体に巻きついている彼女の蛇の鱗をゆっくり撫でる。
するとエルゥトーの巻き付きが安心からか幾分和らいだが、その代わりというわけではないだろうが彼女の両腕がマーチェの首に巻きつき、彼に甘えながら腕に力を入れて引き寄せた。

「それで、何処に良くつもりだったのかしら?愛しい妻をベッドに残して」
「ベッドの横に置いてあった食料が無くなったからな、補充をしに食料庫へ行くつもりだった」
「それなら起こしてくれても良かったのに。それに、食事を取らなくても私と交われば死なない体になったじゃないの」

夫の不実を責めるかのように、ムッとした表情を浮かべながらエルゥトーは両腕と蛇の胴体に力を入れて更に彼を引き寄せると、彼女は自分の耳をマーチェの口元に寄せて弁明があるのだっ
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