とあるジパングの一地方。
そこでは師走の月末に差しかかろうと言うこの時期、どこもかしこも冬支度と年末年始の支度で大忙し。
その中でもとある神社の神主は、彼が崇め奉る稲荷神の言いつけの為に、ただでさえ年末年始の参拝客の準備で忙しいのに、東奔西走する羽目になっていた。
「神主さん如何しなさったんで?そんなに息も絶え絶えで、しかも小さなモミの木なんか抱えて」
「す、すいません、はぁはぁ、お、大きな鳥在りますか?に、鶏とか、雉とかで、良いんですけど?」
「鳥?在るには在るが、縁起物にしちゃぁ酉はまだ先ですぜ?」
「縁起物では、なくてですね……なんか、稲荷神が、はぁ、何処かで何かを聞いたらしくて、取り合えず直ぐに買って来いと仰せになられましてね」
「ああ、なるほど。稲荷様の何時もの『思い付き』ですか。相変わらずご苦労ですな」
そう店主は呟きながらその店一番の大きな雉を神主に渡し、神主は代金を支払うとまた何処かへ駆けて行った。
方々を駆け巡りようやく稲荷神の言いつけ通りの物を買い揃えた神主は、自分の住処である神社へと背と脇に抱えた荷物と疲労で重い足を引きずりながら、えっちらおっちらと歩みを進め、ようやく玄関まで辿り着くと敷居を跨いで中に入った。
「只今帰りました。言い付けられた物を全て手に入れて参りました」
そう神主が玄関口で声を上げると、ぱたぱたと可愛らしい足音が廊下の向こうから玄関へと近づいてきた。
その足音の正体は、人間で言うところの十代に成ったばかりの姿をした、二つの三角耳を頂く栗毛の髪をおかっぱ状に切りそろえ、体には膝上ほどまでの柄の少ない着物を身に着け、お尻からは筆のような尻尾を一本だけ生やした狐の物の怪。
その狐は神主の姿を視界に捉えるなり、廊下を走る速度を上げて神主へと向かって走り出した。
「お帰りなさいませ、お父様!」
そして神主の懐へと向かって飛びついてきた。
神主は慌てて脇に抱えているのを床に落すと、飛びついてきた狐の物の怪の体を受け止める。
「おおっと――廊下を走ったら危ないからやめような、登米波根」
「御免なさいお父様。でも、とめはねはお父様が帰ってきて嬉しかったのです」
「私も帰ってきて直ぐに登米波根の顔を見れて嬉しいよ」
どうやらこの物の怪――登米波根と書いて『とめはね』と読む変わった名前の狐娘はこの神主の娘のようで、神主の腕に抱かれた登米波根は飼い犬が主に甘えるかのように体を摺り寄せて甘えている。
甘えられている神主の方はというと、片手で娘の頭を撫でてやりつつ、視線は落してしまった荷物の方へと向けられていた。
落したものは全て壊れ物ではないため大事は無いが、それでも神が欲する物を床に落すのは良いことではない。
そんな事を神主が考えていると、何時の間にやらとめはねの背後に人影が。
「お帰りなさい、御前さん。それと登米波根はもう気が済んだでしょう、離れなさい」
その人影も一人の狐の物の怪――夜の闇をそのまま糸にしたような黒髪を腰下まで伸ばしているが、前髪は眉の上で綺麗に切り揃えられており、涼やかで色白な顔立ちも相まって、何処かの貴族の令嬢のような気品を纏っている。体つきは胸も尻も男が放っては置かない程の立派さで、神代の住人が身に着けていそうなゆったりとした衣服で身を包んでいるのにもかかわらず、その曲線美は見た者全てに思わず生唾を飲み込むことを強制させる迫力を備えている。そしてその見事な尻から伸びるのは、合計九本の筆のようにふんわりと膨らんだ尻尾。それら全ても髪と同じく筆を墨に浸したかのように真っ黒でありながら、艶と滑らかさは見た目においてですら生糸でも霞むほど。
そんなこの世の全ての女性らしい美を詰め込んで出来たように見えるこのお方。
このお方こそこの神社――大筆神社が奉る稲荷神であり、神主の奥方でとめはねの実の母親でもある須美江様。
「……はぁぃ」
そんな母親であり神でもある須美江様にやんわりと窘められた登米波根は、しぶしぶといった感じで神主の腕から離れると、神主が床に落した荷物の片方を手に抱えると須美江の横に立つ。
「須美江様。ご所望の品々、恙無く入手して参りました」
「ご苦労様です。……と言いたい所ですけど、相変わらず御前さんのその口調は直らない様ですね」
神主から差し出された荷物を受け取りつつも、呆れからくる溜息を薄いながらも艶やかで瑞々しい唇から吐いてしまう須美江様。
「もう結婚して子供が出来て何年経つとお思いですか?」
「それはそのぅ……三つ子の魂百までと申しましょうか、幼き頃に培った習慣は覆したく……」
そう何を隠そうこの二人、実は夫婦なのである。
しかし夫である神主は夫婦の間柄になったのにも関わらず、子供をこさえたのにも関わらず、相変わらず須美江様の事を神
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