神父と娘に祝福を



 がたんという大きな物音で私は目を覚ました。頭を動かさずに眼を左右に向けると、立派とはいえないものの頑丈な造りの馬車の内装が目に入る。
 この状況に対する軽い混乱を覚えていた私だったが、街から村への帰路の途中であったと思い出し、音を立てないように気をつけながら溜息を吐き出した。
 決められた規則や管理された時間で行動し清廉潔白な人生を送るのが信条である主神教の、しかも模範となるべき神父である私とした事が居眠りをして仕舞った様だ。
 今までどんなに眠かろうとベッドの中以外では眠った事が無かったというのに、こんな失態を犯してしまうとは主神様に申し開きの仕様が無い。
 眠気を追い払うように片手で顔を撫で下ろしてみれば、そこには深く刻まれた皺の数々が触覚を通して私の手に伝わってきた。
 自分の顔はこんな風だったかと考えつつも、どうやら押し寄せる年波には私にも勝てないらしいと軽く笑ってしまう。
「ちょいっと運転が乱暴でしたかい?」
 視線を声のした方へ上げると、そこにはまだ歳若い御者の姿。
 その溌剌とした姿に、いま帰るあの村へ私が派遣されたのはこの位の頃だったなと思いを返す。
「神父さん?」
 視線は進行方向へ向けたまま、ちらりちらりと此方が生きているのかを伺う青年に、私は本当に耄碌してしまったのだなと思わず感慨深くなってしまうものの、この青年に言葉を返さなければ失礼になる。
「大丈夫ですよ。それに君は私の事など気にせず、手綱を操る方を気にしなさい」
「はぁ……」
 出来るだけ優しい声色を使いはしたが、どうにも神父という職業柄で言葉の端が説教臭くなってしまう。
 これでは清く節度を保った生活へと導く主神教の神父として失格もいいところだ。人々が欲しがっているのは偉そうに説教をして信者を死地へ送り出す教団中核派の馬鹿ではなく、手を取り共に茨の道へも歩んでくれる同行者だというのに。
 そんなことだから死を指折り数えて待つ身になっても、いまだに神の声を聞くことが出来ないのだと、この歳になるまで何度と無しに繰り返した自己批判をもう一度繰り返した。
 



 昼頃には到着した村の入り口で、私は何時もの通りに馬車を降りた。
 御者台に居た青年は私が杖を突いている老人だからか、親切に馬車に積んであった私の荷物を取り外してくれ、しかも嬉しい事に村の中まで運ぶとまで言ってくれる。
 しかしそのありがたい申し出に私は丁重に断りの言葉を入れ、次に地面の上に置かれた荷物を私は片手で軽々と持ち上げて背負うと、信じられない物を見たといった風な表情の青年に会釈して村の中へと向けて足を踏み出す。
 私への心配が無用の物だと思ったのか、しばらくしてがらがらと馬車が走り去る音を背後に聞きつつ、私は更に村の奥にある私の住居である教会へと杖を突きつつ歩を進ませていく。
 その道すがらに目に入ってくるのは広い農地に疎らに建った家と、その農地に黄金の絨毯を大地に敷いたかのような麦畑の姿。耳に入ってくるのはその麦畑を駆け抜ける風が奏でる草音に、村の中心を流れる川に設置された水車小屋の聞き慣れてしまった駆動音。麦畑とその下にある土の匂いが混ざる中に、家の方からの芳しい昼の支度の匂いが私の鼻を楽しませてくれる。
 此処に住んで数十年を掛けて、見慣れ、当たり前になり、安心感すら感じるこの光景。
 そのどれも私がここに来た当初は無かったものだ。
 私が最初にこの村で見た光景は、荒れ果てた畑、壊れて回らない水車、そして家からは食事の匂いと物音ではなく……
 そこまで思い出して私の足元に何かがぶつかった。見てみると、小さな女の子がひっくり返っている。
 どうやら私がぼんやりしていた所為で、この少女に要らぬ怪我を負わせて仕舞ったようだ。
「申し訳なかったね。私がぼんやりしていた所為で」
「い、いえ、神父様。わ、わたくしの方こそ、よ、余所見を」
 私は片手に持った荷物を地面に置くと、地面に座り込んだまま慌てて弁明をしている少女を抱き起こし、服に付いてしまった砂埃を彼女の尻尾に手を当てないように払ってやり、ピンと頭から伸びた犬耳の間に手を当てて撫でてあげる。
 すると少女――この近くに在るワーウルフの夫婦の娘は、私の皺だらけの手で撫でられてくすぐったいのか、眼を細め少し体をくねらせる。
「すまなかったね。ほら、もうそろそろお昼の時間だから、早くお帰り」
「うん!神父様も、お姉ちゃんが待ってるから早く教会に帰りなよ!!」
 大手を振って家へと走っていくワーウルフの少女に、私は手を振り替えしてから地面に置いた荷物を持ち直すと、歩きながら再度昔の光景を思い出す。



 私が今の様に杖を突く事も無く、溢れ出る若さと信仰心を持ってこの街に来た時、もう既にこの村は狼や蛇と華などの数種類の魔物で占領されて
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