山の社に住む巫女と出会う



登山というのは実にシンプルだ。登って、そして降りるだけ。
まぁ山に上るための連絡とか、山頂への道のりが険しいとか、山中に泊まる用意やそれに伴う食料などという雑多な事も在るには在るが、突き詰めてしまえば『山の頂へ登る』という一点だけの目的しかない。
そして俺はそんなシンプルな登山を一人で行うのが好きだ。
今日も今日とて、連休を利用した山中二泊三日の単独行――その初日の真っ最中。
何時もは藪漕ぎとか腰に刺した山鉈で木を切り払いながらの行軍になるのだが、今日はちょっと違っていて、いま俺は踏み固められた参道を歩いている。
それもこの山を所有している人に登山の許可を得ようとした時に、

「だったら、途中に社があるから様子見てくれない?いやー、最近ほったらかしにしちゃっててね〜」

という交換条件を出されてしまったからだった。
まあ俺としてもその社の場所でテントでも張れれば、一夜のキャンプ地を確保できると言うのは大きな利点になりうる事なので、安いものだと了承した。
と言うわけで、とりあえずはその社に向かって歩いているわけなのだ。

「す〜……は〜〜……」

考え事をしていた所為で乱れた呼吸を正そうと深呼吸してみると、都会の排ガスに汚れた肺が清められる気がするほどに清浄な空気が肺を満たし、鼻腔内には草木のあの青臭い様な独特な匂いが広がり心が落ち着く。周りを見渡すと、そこには木々が生い茂ってはいるものの誰かが剪定をしているのか、人が入り込まない山特有の生命に溢れた雑多な茂みではなく、どこか植林を思わせる程に木々がお互いに成長を阻害しない程度の間隔で生えている。
この状況を見ると、電話口ではほったらかしにしていたと言ってはいたが、そんなに長い期間ではなかったのだろうか。それとも話には出ては来なかったが、誰か他に管理している人でも居るのだろうか。

「とりあえずはその社とやらに行かなきゃな」

えっちらおっちらとゆるゆる山を登っていくと道の分かれ目に差し掛かり、その一方には小さめの石で出来た鳥居とそこから伸びる天然石を重ねて出来た石段が見えた。

「常識的に考えて、こっちが社に向かう道だよな」

俺は鳥居を潜り石段に脚を乗せ、社に向かうであろうこの石段を登り始めた。
これは俺の勝手な感想だが、天然石を使用しているために幅も高さもバラバラの石段を登るのは、山登りと言うより感覚的には川辺の岩場を跨いで上り行く方に近く自分のペースで歩けない。しかも階段の所々の石が軽く動くために、坂道を転がり落ちるのではないかと冷や冷やして心臓に悪い。
総合すると、色々な意味で地味にきつい。
それでも足元の石段に視線を落として注意しながら一歩一歩上っていけば、いつの間にか石段の終わりを示す鳥居と石像がもう間近に見えていた。

「いよっし、到着!」

最後の一段をジャンプして乗り越えると、思わずそう呟いてしまう。
時計を見ると午後の二時。登り始めたのが正午頃だったので、麓からここまで二時間も歩いていた事になる。
あまり高い場所へと歩いてきた感覚は無かったため、脳内でロードマップを思い描いてみると、この山をグルグルと回る様に参道が延びていたことに気が付いた。そのために、余計に時間が掛かったようだ。
こんな辺鄙な社には物好きな参拝者しか来ないよなと、火照った体を冷ますように疲れを口から追い出すように吐息を一つしてから、この場所をゆっくりと観察してみる。
鳥居の左右には風化で何か判別できなくなった二体の像が鎮座し、その二体の間を少し土が被さっている石畳の通路が伸びていて、その中ほどの左側には山の湧き水を利用していると思われる、絶えず水が流れるやや苔が生えた手水の場所が設けてあった。
とりあえず俺は礼儀としてその手水で手と口を清め、失礼かもしれないとは思ったが喉が渇いていたので、背嚢からステンのカップを取り出して流れ出ている水を中に入れた。
一応念の為に鼻と舌とで水の安全性を確かめた後、カップを呷った。
湧き水特有の冷たさが喉から胃まで駆け下りると、俺の体の火照りと渇きを消し去り、代わりに訪れたのは突き抜ける様な涼感。

「あ〜、美味い」

あまりの清々しさに思わず二杯目を入れ、寸の間を置かずにそれを飲み干してしまう。
飲み終わりぷはっと一息入れた時、ふと視線の先に何かがあるのに気が付き、恐る恐る近づくとそれは半透明の膜の様な物体。人差し指と親指で摘んで持ち上げると、それは全長で俺の胴を三回りもしても余りそうな大蛇の抜け殻だった。

「蛇の抜け殻は金運が上がるって言うけど、山の物は持ち出すのはちょっとな」

山の物を俗世へ持ち出すと災いが降りかかる――というのは山登りしている人なら一度は聞いたことがある都市(山?)伝説なのだが、俺は『鰯の頭も信心から』ということで気に留めてい
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