アオオニの居る光景



ぺらり、ぺらりと紙を捲る音が、雑多な種類の本が山積みにされた静かなワンルームの部屋に木霊する。
時折この部屋に面した通りから放たれる車の走行音、誰かが歩きながら談笑する声、風の流れる音などをBGMに加えつつ、本から発する音が木霊する。
部屋の中に居るのは一組の男女。二人とも一つのソファーに隣り合って座り、本に描かれている文字列を読み解きながら、無言でぺらりぺらりと指でページを進めていっている。
男は中肉中背の体をTシャツと短パンで包み、目立たない程度に整った目鼻立ち――その中で唯一多大な存在感を示している切れ長な目が、その平凡な顔立ちの全てを狂相へ仕立て上げていた。
そんな男が切れ長な目を一層細めつつ本を捲り、中に描かれている手垢の付きすぎた設定の勇者物の物語を熱心に読んでいる様は、傍目から見れば一種ギャグの様相を発している。
女の方は美人画から抜け出したような、全ての男性の視線を釘付けにするほどの美貌を持ってはいたが、身に着けているのは陳腐で洒落っ気の無い眼鏡と無地のシャツにホットパンツで、それらが彼女の完璧な美貌に影を落としているように見受けられた。
そんな彼女も海千山千が巻き起こる恋愛物を、男に負けないほどの熱心さで真っ青な顔で読んでいる。
と言っても真っ青なのは顔だけではなく、彼女の手足も衣服で隠されている身体も真っ青な肌――つまりは彼女はアオオニという魔物娘なので、彼女のこの肌色は生まれ持った特長である。

隣り合って本を読んでいるこの二人の間柄を、たった一言で言い表すとなると難しい。
友人なのかと問われれば、その通りではあるのだが、その間柄よりも更に踏み込んだ関係性のある単語を使用するようにと注釈が付いてしまう。
親友なのかと問われれば、首を捻らざるを得ない。その間柄に相応しい時を共に過ごしたわけでもない、時折この部屋の中で本を読むだけの関係。
恋人なのかと問われれば、肯定した後に疑問符が付く。その間柄に含まれる様な肉体関係はあるが、二人が恋に落ちたのかと問われれば全く違っている。
夫婦なのかと問われれば、否定した後に感嘆符が付く。その間柄にまで発展しているわけではないが、この間柄は熟した夫婦間のそれに似てはいた。
そんな二人の奇妙な間柄ではあるが、この二人の間には言葉は必要がない。
どちらかの腹が鳴れば、鳴らしたほうが台所に立って食事を二人分作る。
どちらかが喉が渇けば、欲しい方が水差し一つにコップを二つ持ちテーブルに載せる。
どちらかが手を伸ばせば、どちらも尋ねもせずに一方が欲しっている本をその手に乗せる。
そんな決まり事がどちらからとも無しに決まり、それに二人とも文句を言わずに従いながらも余りお互いへ干渉せずに、ただ二人はぺらぺらと本を捲りつつ描かれた物語を脳内で再生していく。

そんな決まり事に、一つだけお互いへ干渉せざるを得ない項目がある。
寄り添って本を読んでいる二人――しかしアオオニの方が男の肩に頭を預けるように乗せると、男は何も言わずに本を持っていないほうの手で、アオオニの滑らかに艶やかなショートボブの髪を手櫛で梳いていく。
その手の感触に目を細めて甘受し頬を赤らめたアオオニは、読んでいた場所のページに栞を挟むと本をぱたりと閉じて、目の前にある本の山の一番上に置いた。
それを横目で見ていた男は撫でている手はそのままに、器用にもう一方の手で栞を挟むとぱたりと本を閉じ、同じように本の山の一番上に置いた。
これが二人の合図。
そう二人の間で作られた、体を合わせる合図だった。

静かな部屋の中で本を捲る音とは違う、粘ついた水音と熱気を含んだ吐息が響く。
その音はソファーで隣り合って座る二人の口から奏でられていた。
お互いの頬を両手で軽く挟み、唇を合わせ合い、舌をお互いの境界上で絡ませ合い、無言ながらに情熱を語り合うかの様に、獣がうなり声を潜めて一心不乱に貪り合う様に、卑猥な二重奏を粘液で奏でる様に。
淫熱に浮かされて男の頬が上気し、アオオニの方は首筋から上がアカオニに変じたかのように――もしくは酒に酔ったかのように真っ赤になりながら、お互いを求め合う。
やがて手の当てている場所がお互いの耳に変わると、部屋の中のも外の音も締め出され、二人の頭の中に響くのはお互いの口の中で響き渡る、粘つき絡み合う旋律だけ。
そのままたっぷりとお互いを弄り合い高め合った二人は、示し合わせたかのように同時に口を離すと、お互いの首筋にキスの雨を降らしながら、お互いの簡素な衣服を丁寧な手つきで脱がしながら愛撫をし始めた。
男の手がアオオニの背に回されて撫で上げられるようにシャツを脱がしていくと、アオオニの口から溜息に似た空気が漏れ、その体が男の手の感触に震える。
アオオニの手が男の前面を撫で回すようにしてTシャツを脱がすと、男の体
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