あるサバトが隠れ蓑として使っている巨大な古城の前に一人の男――手には飾り気の少ない金属の杖を持ち、頭から足先まではスッポリと真っ黒な外套で覆い、体型や顔の形さえ周りからは伺い知る事の出来ないという、ある一種異様な雰囲気を周りに与えていた。
彼の名前はシェイド・マグドゥエル――むしろ彼を語る上では『天才魔法使い』や『大魔導師』という通り名の方が有名であろう。
その魔法の腕で方々にふらりと現れては旅人を襲う盗賊や魔物を退け続け、そして数年前の魔物との大戦で敗走する国王軍にふらりと現れ、ただ一人で殿を見事に勤め上げて国王を国へと帰す事に多大な貢献をしていた。
それ故にその国で彼は英雄として向かい入れられ、彼が国に寄る度に盛大な持て成しを受け、その度にこの国の勇者に成ってくれと懇願されるほどである。
しかしシェイドは頑なに『ただの人間』で居る事に拘り、主神の加護を受け入れる事を頑なに拒んでいた。
それは彼が幼い頃にと交わしたあの約束――シェイドの人生を決めたあの誓いを守るためだった。
「随分と時間が掛かった……」
シェイドの口から漏れたのは、その約束を結んだ日から三十半ばまで歩んできた人生の苦難と、この年に成るまでその約束を果たす目処が出来なかった自分の不甲斐無さの混ざった、苦々しい吐息交じりの重々しいバリトンの呟き。
その一息の後に、彼は古城の門を開け広げて中に入る。
この古城に居るはずの、あのバフォメットを倒すために。
かつり、かつり、とシェイドが玉座の間へと向かう石畳の廊下を歩いていると、廊下の角から一人の少女――小さい魔女が飛び出で手に持った山羊の頭骨の付いた杖をシェイドへと向ける。
「私たちのサバトに入信希望の方ですか?」
その声は明らかにシェイドを敵だと認識している声色だったが、念の為なのかそうシェイドに疑問を投げかけていた。
「メルノールという、バフォメットは在宅か?」
「我が主に何の用ですか?」
疑問に大して疑問を重ねる不毛な会話の中で、魔女の杖に魔力の光が溜め込まれ攻撃の意思を示しているが、シェイドはそれを気にする風では無い。
「そうか、やはり此処に居るのか」
相変わらずに苦難と不甲斐なさにさび付いた声色のシェイドだったが、その声の中に一抹の喜色の色が含まれていた事に対峙する魔女は気が付いただろうか。
「排除します!」
『砂掛け男よ、この可愛らしい女性の目に砂を掛けてくれ』
シェイドの口から滑り出た祈りや歌に似た響きの呟きは、下位古代語呪文である『眠りの砂(スリプルサンド)』。
本来ならば、魔力抵抗の弱いゴブリンやジャイアントアントなど位にしか効かない弱い魔法なのだが、シェイドの丁寧で緻密な――それこそ織り機で絹布を編むかのような芸術的なまでの魔力行使により、魔力に対して耐性のあるはずの魔女の意識を眠りによって刈り取ってしまう。
一瞬にして意識を失った魔女が地面へと崩れ落ちる前に、シェイドはその小さな背に手を回して抱えると、そのままゆっくりとガラス細工を扱うかの慎重さで床の上に横たえた。
「それで、君らはどうするんだ?」
横たえた魔女から数歩離れて振り返るシェイドの視線の先、そこには魔女特有の格好をした幼い見た目の女性と、その伴侶と思わしき武器を手に構え鎧を身に着けた男たちで出来た人集り。全員が全員、シェイドに対して敵意を隠そうとはしていない。
「余り、メルノールに会う前に、魔力を消費したくは、無いが……」
致し方在るまいとシェイドは言外に呟いて静々と杖を構えると、それが合図であるかのように男たちはシェイドに向かいかかり、魔女たちは杖に魔力を込めて男たちの援護の姿勢を見せる。
『電光よ』
大上段に剣を構えて突っ込んできた大男に指を突きつけつつ呟いたのは、詠唱を簡略化した魔法の呪文。空気を切り裂く眩い稲光が指先から走り、鎧を通り抜け男の体を硬直させて止めると、更には意識まで略奪する。
だがその大男の影から左右に飛び出てくる二人の男。それを目に止めたシェイドは一歩だけ向かって右の男に寄ると、剣の根元に金属製の杖を叩きつけて止め、視線と掌を左の男へと向ける。
『吹き荒べ』
シェイドの手から打ち出された圧縮された空気が男の腹に直撃し、吹き飛ばされた男は石柱に叩きつけられ、背中に走るあまりの激痛に蹲って剣を手放してしまう。しかし男のそんな様子を最後まで見ることなく、鍔迫り合いをしていた男に対して手に入れていた力を抜くことで体勢を崩させたシェイドは、その後頭部に肘を打ち下ろして昏倒させる。
「放て!」
斬りかかった男たちが打ち負けたのを見たからか、魔女の一人が大声で号令を掛けると男たちの群れが左右に割れ、見えたのは魔女の一団。それも杖の先から炎弾と氷刃や稲妻などの魔法――それ一つ一つが人の身で直撃すれば戦意を奪うに申し分
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