終章 そうして二人は絵の中に

 あの二人が芸術学校を卒業して十年。
 彼らの絵は『印象派』とよばれ、巷で一大旋風を巻き起こしていた。
 二人は卒業した学校で教員となり、この印象派の後進を育てる傍ら、アルフェリドとアーリィに師事を求めに来た何人かを、直接二人で指導していた。
 そして画家として円熟期を向かえた二人の始めての個展が、フッフェンボッド芸術学校を有する大国――フェルエルで開かれていた。
「印象派か何か知りませんけど、何で私達がこんな所に来なければいけないんですかね、バフォメットさま」
「仕様が無いじゃろ、魔王様が御所望なのじゃから……」
 そしてその国に、バフォメットと魔女という取り合わせの二人が着ていた。
 彼女らは芸術系の商品を売買した資金で運営されている、魔界のサバトの代表とその右腕である。
 魔王様がちょっとだけ濃厚に旦那様と逢瀬を繰り返してみれば、知らない技法の絵画がこの世に生まれていたということで、一目本物を見てみたいと仰せになったのだ。
 しかし魔王様が、この国が親魔物国とはいえ人間界に来るのは色々な意味で危ないので、絵の買い付けの白羽の矢が立ったのが例のサバトであり、更に的にされたのが目利きに自信のあるトップ二人がこの街に来たのだった。
「……うわー、目茶苦茶並んでますよ」
「まあ今日が最終日じゃからなぁ……」
 とりあえず窓口でチケットを買い、列に並んでおく。
 やがてもぎりの小僧にこの個展の主催者を尋ね、その小僧が答えたのは、満面の笑みで揉み手しているぶくぶく太った中年の男性だった。
「おい、貴様」 
「はい!……なんで御座いましょうか?」
 勢いよくその男性が振り返った後に、声をかけたバフォメットとお供の魔女を見て、素人目には判らない程度に落胆したような笑顔でバフォメットに尋ね返した。
「貴様が主催者か?」
「いえいえ、主催者はこの絵を描かれたお二方で御座います。私はこの絵の売買を代理でやらせて頂いている画商でして」
「それならば貴様でよい。わらわ達はこういうものじゃ」
 隠す場所のない懐から、何処に入っていたのだと思わせる大きいカードの様な物を取り出すと、その画商に見せた。
「こ、これは申し訳ありません、まさかお二方が魔界のあの、」
「それ以上口に出したのならば、貴様の首が宙を舞う事になるぞ。もしくは消し炭がお望みか?」
「めめめ、滅相も無い。今回は絵を買われに?」
「無論じゃ。それで、『貴様が』わらわ達を案内してくれるのう?」
「も、もちろんで御座います。売約済みの絵画でも、方々手を尽くして確保しますので」
 頭をぺこぺこ、顔をにこにこ、手をもみもみさせてバフォメットに媚び諂う画商の男。
「ささ、此方で御座います」
 人を押しのけるようにして、画商が通り道をこじ開けるというその行為に、バフォメットは気分を害したのか、すこーしだけ眉を寄せた。
「あまり観ている人を邪魔するでない。ここは公共の場じゃぞ」
「はは、これは気が付きませんで。手前の落ち度で御座います」
 ぺこぺこと頭を下げて、バフォメットと魔女を先へ進ませると、丁稚小僧のように二人の後ろをついて回る。
 画商の事などどうでもいいと感じながら、周りの絵を見ていく。
 このとき身長が低いと、人の足の間を通って絵の真ん前に出られるから便利だ。
「確かにいい絵じゃな」
「お値段も相場以内ですね。人気の分を差し引いたらお買い得かもしれません」
「いやいや、ここからあの画商が幾らか持っていくと考えると、価格破壊じゃな」
 人ごみで画商と離れていることを良いことに、誇張無い評価を下していく。
 そしてこれならばサバトの流通に乗せても良い――いや画家に専属契約を申し込んでも良いとすら二人は考えていた。
「しかし風景画と宗教画ばかりですね」
「そうじゃな。普通の奴らならばこれで十分じゃが、こと魔王様に献上するのならば人物絵――欲を言えばドロドロでギトギトなエロい絵の方が良いんじゃがな……」
「エロい絵を御所望ですか〜?」
 いつの間にやら背後に来ていた画商が、より一層ニヤついた顔を二人に近づけていた。
「貴様、あまりわらわ達の会話を盗み聞きしておると」
「フッて命の蝋燭消しちゃいますよ〜♪」
 バフォメットが凄みをきかせ、魔女がにっこりと愛らしい表情を浮かべて怖い事を言う。
「いえいえいえいえいえ、聞こえたのはエロい絵という部分だけですよぅ。もう、あまり怖い事いわないで下さい……」
 びっしりと顔中に脂汗と冷や汗を浮かべて、引きつった笑顔の画商は二人を伴って、区分けされた区画に案内する。
「魔物のお客様には大変好評なんですよ」
 そして案内された場所には一枚につき一つの種族の魔物が、濃厚にくんずほぐれつしている絵が、そこかしこに何十枚と所狭しと並べられていた。
「こんな所に隠してある
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