第三章 二人の絵画に恋模様

 卒業制作の品評会での絵画部門は荒れに荒れていた。
 評価する教師陣が頭を抱えて悩みまくっているのだ。
 いつもならリャナンシーのアーリィの作品を最優秀にして、後は気ままに決めるなどという不真面目な事が出来たのだが、今回ばかりはそうもいかない。
 どうしてか。
 それはアーリィの作品が、アルフェリドが最近作り出した技法で描かれているからだった。
 それならば違う作品を最優秀にしてしまえばいいと思うかもしれないが、それもそうはいかないのだ。
 アーリィがただの人間の学生ならばそうしただろうが、アーリィは学生ながらに芸術に対して人間以上の目を持つリャナンシーであり、そのリャナンシーがこの新しい技法を認めて、更には使用しているというのが重要だったのだ。
 極端な話をすれば、人間の芸術界ではリャナンシーが一人でも白といえば、人間たちが黒だと思っているのも白になる世界。
 となるとこの技法は未熟だからとか、生まれたばかりだからといって減点評価は出来ない。
 すると今度は更に問題が出てくる。
 いままでの技法とこの技法のどちらに採点を多く振るのか。
 再三再四の話し合いの末、今回は新しい技法を絵画の新たな地平を開拓したとして評価しようと決定した。
 さてこれでアーリィの作品が最優秀だなと胸を撫で下ろそうとしたが、更に問題が発生したのだった。
 アーリィとアルフェリドの作品がまったく同じ着想と構図であり、両方とも例の新しい技法で描かれ、しかもどちらも優劣の付けられないほどの名画だったのだ。
 二人の絵は共に冬の情景を切り取ったもの。
 アーリィの絵は、極寒の冬山を思わせる暗い夜空に吹雪く森の景色。
 地面を覆う雪が自分の重みで圧縮されて分厚い氷へと変化した様子を、白い絵の具を何層も塗り固めることで表現している。
 そして木に吹雪が叩きつけられて出来た樹氷は、わざと下地に確りとした木を描き、その上に氷を被せることで今までに無い質感と寒々しさを見る人に抱かせた。
 絵の手前側に描かれている川に張られた氷には、所々白い雪で覆われていても、その隙間から川の底にある暗い色が此方を引き込もうとしているように覗き、その場に足を踏み入れた瞬間に川に落ちてしまうのではないかと、見た人に不気味な想像を掻き立たせる。
 タイトルは『永久凍土の絶望』。
 確かにこの絵を眺めていると、絵から冷気が染み出して来て見ている人の足元へ忍び寄り、足先から足全体へと段々と広がり、ふくらはぎ太もも股間と冷たさが侵食していく。
 やがて骨盤に到達した氷精は一瞬にして背骨を駆け上ると、顎と歯の根を狂わせた後で脳髄を犯し、体中をその人間の意志とは無関係にガクガクと震わさせた。
 この絵の前に数分といれば凍え死んでしまうような、まさにブリザードが吹き荒ぶ冬山がこの場に顕現したかのような錯覚を起こさせる。
 こんな場所に人間が放置されれば、余りの寒さに抗う気力さえ失いその場に膝を追ってしまうことだろう。
 まさに絶望という名前に相応しい絵画だった。
 これほどの名画なのだ、これを優秀にすればいいと思いアルフェリドの絵を見ると、その考えを覆させられることになる。
 アルフェリドの絵はアーリィと同じ雪山の情景。
 しかしこの絵は、アーリィとはまったく違った印象を見るものに抱かせる。
 空には透き通る水のような青を薄く使い、清々しい冬の朝を表現していた。
 木の描画方法はアーリィと一緒だったが、絶妙な筆使いで日の光で溶けかかった雪が枝を撓らせた様子を表し、それが今にも白い絵の具を重ねてふわふわとさせた雪で覆われた地面に落ちそうな印象を与える。
 手前側の川面には氷は張っているものの、そこには太陽の照り返しがあり、そのお陰で川の底に魚の影が泳ぐ情景も―ーどうやって描いたか教師ですら判別が困難だが――薄っすらと見て取れた。
 風は吹いていないのかそれとも凪ぐらいなのか、風花がちらちらと絵に浮かび凡庸になりかける絵の印象を引き締めていた。
 タイトルは『いまだ遠き春を想い』。
 確かにこの絵を眺めていると、冬の寒さというよりは春の暖かさを感じる。
 それは溶け掛かった枝に乗った雪のせいなのか、それとも川面の下を泳ぐ魚の影なのか、それとも木々に冬の終わりを感じて芽吹こうとしている生命力を絵を通して感じるからなのか。
 そこから抱くのは、タイトルのように遠くに春があるのではなく、もう一度季節の変わり目特有の吹雪があれば直ぐ春になるような光景。
 そうこの絵はいまだ肌寒く手を擦りつけながらも、もう直ぐ訪れる春を待ちわびて雪山を見ている、そんな風景だった。
 アーリィの絵で心身共に冷え切った身体に、アルフェリドの絵は不思議なほどに安心感と温かみをもたらす。
 そしてアルフェリドの絵を見た後にアーリィの絵を見
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