第一章 芸術家の苦悩

 この世には不思議な事が沢山ある。
 その中には発明や芸術といった分野に身を置いている者にとって一番不思議に思うのは、着想や発想が似ること――派的に言えば『ネタ』が被ることだろう。
 何だそんなことかと言う人もいるかもしれないが考えてみて欲しい、人間にとって今まで生きてきた環境とそこから蓄えた知識というのは千差万別なはずである。
 双子の発想が似か寄ることは理解できるが、なぜ赤の他人の思考がこと芸術と発明においては重なってしまう事があるのだろうか。謎は尽きない。
 しかし一方で大多数の人が抱く印象の通りに、そんなことはどうでもいいこととも言える。
 そんな謎を解明せずとも生活するのに不便は無いし、日常での話の種にすらならない。
 だがある人物にとってこの『ネタ被り』というのは人生の命題であった。
「クソ、また駄目か!」
 いまその命題に頭を抱えている人物――彼は芸術家の卵で画家のアルフェリド・ダーキン。彼はフッフェンボッド芸術学校に通う学生であり、幼い頃から神童と呼ばれた絵画の天才だった。
 しかしアルフェリドがこの芸術学校に入学してからというもの、彼の絵画はまったく評価されなくなってしまった。
 その理由が同じ学校に通う一人の学生――リャナンシーのアーリィ・フェンドの所為だった。
 いや正確に言えば彼女の所為ではない。彼女は別に彼の評価の邪魔を直接的にしているわけではない。
 それでは何が問題なのか、聡明な方々ならもうお分かりいただけると思うが、アルフェリドとアーリィは二人が申し合わせたかのように、着想から構図に到るまで大変似通った作品を同時期に作ってしまうのだ。
 発明や文学ならば先に出した者が勝つのだが、こと芸術分野においてはそうはいかない。
 着想と構図が同じならば、先に出そうが後に出そうが上手な方が賞賛され下手な方が駄作といわれるのだ。
 アルフェリドは天才と言われていても所詮は人間。
 リャナンシーという絵の才能に愛された種族、そして学校の中でも一番絵が上手いアーリィの描くものと比べられてしまえば、どうしても見劣りしてしまうのは致し方が無い。
 この問題点を早期に発見したアルフェリドは、それからしばらくは無理して二枚絵を描いてアーリィの構図と被らない方を提出していたのだが、段々と自分の描きたいモノが描けないフラストレーションが蓄積していった。
 やがてアルフェリドはそんな逃げの方法を止めると、アーリィの才能への絵画による全面戦争を仕掛けたのだ。
 しかし結果はいままで全戦全敗。
 着想が似か寄るのならば、その着想の肉付けの為に様々な本を読み漁って知識を蓄えた。構図が被るならばよりその構図が映える様に、絵の中の物の配置を変えて使う絵の具の顔料にも工夫を凝らした。
 その努力の結果たしかにアルフェリドの腕はこの学校に入る前に比べて格段に進歩し、アーリィと絵画で比肩し得る腕を手に入れていた。
 しかしアーリィがリャナンシーの魔法の絵筆で描いた絵――見たままの風景をそのまま四角いキャンパスに閉じ込めているような作品と比べると、アルフェリドの作品は全てがいま一歩足りなかった。
 リャナンシーと技術で張り合えるようになったアルフェリドに、学校の教師も漸くアルフェリドが人間では無類の才能と腕を持っていると認め始めた。
 だからこそ教師達は口をそろえてアルフェリドに言うのだ『リャナンシーと張り合うな』、『人間が芸術でリャナンシーに勝てるわけが無い』、『諦めて別の構図で腕を振るえ』と。
 しかしアルフェリドは頑としてそれを聞き入れなかった。その選択肢は遥か以前に捨てたものだったから。
「なぜだ、なぜなんだ!」
 故にアルフェリドは苦悩していた。
 アルフェリドは考え付く全ての努力をして来た。それこそ絵を描くための勉強の為に寝食を削り、夢の中にでもカンパスを持ち込んで絵画に没頭してきた。しかしその尽くがアーリィの才能の前に全て無駄に終わってしまう。
 だがアルフェリドがアーリィに直接対決できるチャンスは、もう学期末評価と卒業制作の二回だけしか残されていない。
 更には学期末評価の提出は一週間後。いま彼が描き終え駄目出ししている絵がその提出作品のはずだった。
「だめだ、これじゃあ駄目なんだ!」
 アルフェリドはそう自らの絵を評価しているが、しかしてその絵は大変素晴しいものだった。
 夏のある日の出来事を切り取ったのだろうか、手に触れたら水滴が手に付くのではないかと錯覚させるほどの黄色い向日葵が、瑞々しく写実的にカンパス一杯に描かれ、その上には天界の神の顔が見えるかのように透き通った青空が広がっていた。
 アルフェリドとアーリィのことを知らない画商がこの絵を見たら、宝箱一つ分の金貨と交換を持ちかけるほどに綺麗で美しい絵だった。
 血走った
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