腹に感じるぴちゃぴちゃと舐めるような水音とくすぐったい感触に、深く沈んでいたコウ・ヒトナギの意識は急速に表層へと浮上していく。
やがて表層へと向かうにつれてコウが最初に感じたのは、体中から自身の命へ対する警告のように発せられる痛みだった。
その痛みと水音に引っ張られるように、コウの意識は覚醒した。
薄く眼を開いてまず目に入ってきたのは黒くガラス化した天井と、そこから差し込む陽の光だった。
「う、ぐぅう……」
思わず眩しい光を手で遮ろうとして、動かした手に針で突き刺したかのような激痛が身体を突き抜け。その痛みに身を僅かに捩ると、捩った場所からも激痛が走った。
何処をどう動かしても痛くない場所が見当たらない状況に、コウは静かに身体の力を抜き、痛みを無視するように努めた。
(これは奥義の反動か?それとも無茶な氣の使い方に対する、身体の抗議なのか?)
そんな事をぼんやりと考えていたが、痛みで忘れていた事――あのくすぐったい感じと水音の正体の事をふと思い出した。
痛む身体をゆっくりと曲げると、そこにはコウの腹を舌で舐め続けている褐色肌の少女姿である漆黒の鱗を持ったドラゴン――ヘイシャ・ヴォルノースの姿だった。
「おい、何してんだ?」
「コウ!起きたのか!?」
思わずそう声を掛けたコウに、その声を聞いたヘイシャはコウの首元へ飛び込むと、コウが起きてきて嬉しくてしょうがないといった様子でコウに頬擦りをし始めた。
「ぐあぁ!体中痛いんだ、ちょっと離れてくれ!!」
「ご、ごめん……」
思わず叫んだコウの言葉に、眼を伏せ肩を落としてシュンとした様子でコウから離れたヘイシャは、ちらりちらりとコウの様子を窺っていた。
「とりあえず、いま何してたんだ?」
「コウに飛びついた事?」
「その前だ」
「あのその……コウのお腹に付けちゃった傷跡を舐めて消そうと……」
「傷跡?」
痛みで軋む手でヘイシャの舐めていた場所を手で触ると、確かに回りとは感触の違う部分があった。その場所を指でなぞって行くと、丁度あの腹に刺さった剣と同じ幅と大きさ。
「あの対決から何日たった?」
「え!?えっと、三日」
「たったの三日!?」
あの傷の大きさと深さなら、最低でも全治一ヶ月は掛かるはずだ。それをたった三日で直したとすると、それは人智の及ぶ行為ではない。となれば。
「魔法薬を使ったのか?」
「だって、コウ死にそうだったから」
自分の性でコウを死なせそうになった事――特にそれが自身の爪でなく蔑むヒトが作り出した忌まわしい剣によるものだった事に、ヘイシャは俯いて後悔の念を顔ににじませていた。
そんなヘイシャの表情を見たコウは、ヘイシャがあの一件の事を気に病んでいる事をコウは理解すると、動かすのも痛くて億劫な手をヘイシャの頭に当てて撫でてやる。
「ありがとう、ヘイシャ。貴重な魔法薬まで使って俺を助けてくれて」
そして気にするなという気持ちを込めて更に撫でていく。
最初はコウのその行為に戸惑いを見せていたヘイシャだったが、そのコウの行為がヘイシャを慰めるものであることに気が付くと、頬を染めて俯いてしまった。
二人の間に恋人同士のような甘い空間が展開されているのを悟ったコウは、ヘイシャの頭から手を退かすと咳払いをして甘ったるい空気を霧散させた。
「あー、喉が乾いたな」
「コウはそこで寝て待ってて、すぐに持ってくるから」
わざとらしくそう呟いたコウの言葉にヘイシャはバネ仕掛けの人形のように飛び上がると、そのまま洞窟の奥へと引っ込んでいった。その方向に水源があるのだろう。
「うぐぅう……」
身体を起こしてから横を見てみれば、ドラゴンブレスの性で焦げてはいるがコウ自身の背嚢があった。
(この背嚢から水を出せばいいのに)
少し笑った後に水筒を取り出して飲もうとして、ヘイシャが持ってくるだろうと思い直して水筒を仕舞い直し、代わりに残っていた干し肉を取り出してガシガシと奥の歯で噛み締めて柔らかくしてから飲み込む。
そこで漸くコウは自分が裸である事に気が付くと、背嚢に入っているはずの着替えと、追加の干し肉を取ろうとする。
「あー!寝ててって言ったでしょ!」
背嚢にコウが再度手を伸ばしたところで、戻ってきたヘイシャが上体を起こしていたコウに対して柳眉を逆立てる。そしてヘイシャはずかずかと地面から音を出して近づいて来ると、コウを無理やり力任せにベッドに寝かせた。
「流石に腹が減ってな」
「コウが起きたら食べてもらおうとちゃんと食料用意してるから、こんなもの食べなくて良いの!」
コウの背嚢から見えていた干し肉を取り上げると、骨でも入っていたのかと思わせるようなバリバリと音を立てて干し肉を噛み砕く抱くと、そのまま飲み込んでしまった。
「お、おいヘイシャ」
「なに?何か文句でも?」
「いや文句ではないが……なんか
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