魔物が魔物娘となり、その有り様を一変させてから幾星霜。技術が魔導を駆逐し始め、同時に魔導が技術を取り込もうともし始めた、そんな時代。
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ト・ランタ市連合からソラリア教団領へ向かう街道を外れた森の中、騎士見習いの少年ベイリは自分より年上の修道女の手を引き、木々の間をひたすら逃げ続けていた。
単純な任務、加えて荷物もほとんどない……当然、金目のものなど持っていない自分たちが、まさか襲われるなんて、考えが甘かったというのか。
「レイシャさん、早く! 急いでっ!」
それとも持っている手紙に、何か大層な秘密でも書かれているとでも? 教会の司祭は単なる私信、時候の挨拶みたいなものだと言ってたはずだし、もしそんな重要文書なら、いくら人手不足だとしても、護衛の人数がたった一人だというのはどう考えてもおかしい。
「べ、ベイリくんっ、ま、待って……っ!」
ソラリアを治める中央教会への書簡を届ける彼女──シスター・レイシャの護衛をいきなり命じられ、とるものもとりあえず指定された街の教会へと赴き、当人と引き合わされてすぐに用意された馬車に乗り込み出発。しかし夕方には教団領へ到着するはずが、街道が森に入ってしばらく行ったあたりで突然、野盗の一団の襲撃を受けたのである。
本来ならば正規の騎士が護衛として同行するところなのだろうが、市の近郊にある地下迷宮と、そこから新たに出土した発掘品を警備するためそちらに大勢が動員されて人手不足になり、見習いのベイリに役目が回ってきたのだった。
おまけにそのせいで街道の巡回もおろそかになってしまっており、こんな風に追いはぎや盗賊の跳梁跋扈を許しているありさまだ。
「くそっ……しつこい!」
だが、本末転倒な状況をあれこれ考える余裕など、あるわけなかった。
御者と馬は早々に射殺され、別の用事で相乗りしていた三人の信徒たちも我先にと散り散りに逃げ出してしまった。二人も隙を見て馬車をとび出し、森の中へと走り込んだのだが、武器はベイリの持つ小振りな剣が一本だけ。
後を追ってくる男たちはいずれもサビの浮いた山刀や鉈、短槍を手に持ち、頬のこけたその髭だらけの顔に下卑た笑みを浮かべている。典型的な食い詰め者の表情だった。
「も、もうダメ、です、ベイリくん……っ」
「止まっちゃダメだっ! 走って!」
彼女の整った顔立ちと蒼い瞳に、焦りの色がにじんで揺れる。
ウィンブルが木の枝に引っかかってはずれ、肩の下まで伸びたプラチナブロンドの髪があらわになる。
修道衣を押し上げる豊かな胸元が、苦しそうに上下する……
「…………」
状況を忘れて凝視してしまい、ベイリはあわててそれを意識の外へと追いやった。
修道衣の長い裾に脚をもつれさせて危なげに走るレイシャ。そんな彼女を急かすベイリだったが、やがて足を止めてその身を背中にかばい、追いすがってきた野盗たちに対峙せざるを得なくなってしまった。
「おーおー、ちっこい騎士さまカッコいいネェ」
「手間かけさせんじゃねえよガキがっ」
自分より背の高い女性を懸命に守ろうとするそんな彼の姿に、男たちは歯をむいて嘲りのゲス顔とともに、それぞれの得物を見せつけるようにチラつかせる。
「……くっ!」
そんな自分たちを取り囲む連中の背後に知った顔を見つけ、ベイリは怒りに奥歯を噛み締めた。
馬車に相乗りしていた信徒のひとり……こいつが野盗たちを手引きしたというわけか──
「わたしたちは手紙を届けるだけで、あなたたちが欲しがるようなものは何も持っていませんっ! そこのあなたっ! こんなことしてただで済むと思っているのですかっ!?」
上ずった声を上げてその男を指差すレイシャだったが、それを下手な命乞いと取ったのか、ねずみ色のローブを着たそいつは口角を吊り上げ、喉の奥で嗤った。
「おいお前ら、女は傷物にするなよ……ガキは殺しちまえっ!」
「……っ!」
剣を両手で構え直すベイリ、身体を強張らせてあとずさるレイシャ。だが、手にした得物を振り上げ二人に襲いかかろうとした連中は、後ろから聞こえてきた「ぐえっ!」という短い悶絶の声に、反射的に振り返った。
そして、
「……なっ、なんだテメエッ!?」
誰何の声が、木々の間に響いた。ベイリたちもそちらに視線を向ける。
そこには黒いマントを羽織った見知らぬ男が、片刃の小ぶりな剣を右手に構えて野盗たちを睨みつけていた。彼らを手引きした男は剣の柄で脳天を殴られたのか、その足元で気絶している。
一瞬の隙を逃さず、ベイリは動いた。
「レイシャさん逃げてっ!」
彼女を後ろに突きとばすと、あわてて向き直る野盗の一人に体当たりし、短槍を持つその手目がけて切りつける。それと同時に黒マントの男も別の一人の
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