02「進撃の女子高生ゲイザー(後編)」

 デート。親しい男女が楽しみながらその仲を深めるために、外に出かけること。
 具体的には、食事やショッピングに行ったり、映画館や遊園地に行ったり、公園や景色のいい場所を散策したり──

「どうしてこうなった……?」

 朝いちで、ちょっと気になる?男子である彼方から休日デートを申し込まれ、そのあと駆け寄ってきたホノカに「よかったね! おめでとう!」とニコニコ顔で握られた両手をぶんぶん上下に振り回され、文葉には「ほーら言った通りになったでしょ♪」とドヤ顔を決められ、他の女子たちにもなんやかんやと囃し立てられ(ルミナだけは何故かムスッとしていた)、半分惚けた状態で一日過ごして今に至る。

「…………」

 放課後、今日は部活の日。
 部室にある自分に割り当てられたロッカーの前で、ナギは肩を落として半眼になった。

「昼、何食ったかおぼえてないんだよなぁ……」

 手持ちのマヨネーズの中味が減っていたので、一応なんか食べたみたいなのだが。
 はああ……と溜め息をつきながらロッカーを開けてカバンを中に放り込み、制服を脱いで白筒袖の道着と黒紺色の行灯袴に着替え、足に白足袋を履く。
 道着の上から胸当てを付け、右手に弓懸(ゆかげ)をはめて、ナギは壁に立てかけてある姿見を見た。
 弓道部に入部して二か月。今さら袴姿の自分に違和感をおぼえたり、照れたりはしない。
 だから鏡に映る自分の顔が赤いのは、別の理由があるからで……

<●>

 部活動・同好会活動のさかんな明緑館学園。その理由に、施設が充実していることが挙げられるだろう。
 本格的な弓道場もそのひとつ。なお、弓道部員は女子ばかりで男子部員は今のところひとりもいない。

 ヒュン…… トス──ッ!

「ちっ、また中(あた)んない」

 腕力強化用のゴム弓を卒業し、実際に和弓を引くようになって半月。ナギは単眼種特有の超視力と一点集中力で、初心者であるにもかかわらず、先輩たちと並んでそこそこ的を射抜ける実力を見せていたのだが……今日に限って矢が的に届かなかったり、明後日の方に飛んでいったりしている。

 ──う〜っ、余計なこと考えてるせいか、かすりもしない……っ。

 顔をしかめ、次の矢を手にして脚を開くナギ。弓道の基本姿勢である「射法八節」は、他の新入部員ともども、部長から直々に教え込まれている。
 足踏み、胴造り、矢をつがえて弓構え、打起しから引分け、引ききった姿勢で会(かい)──

 ヒュン……

「あーまた外したっ。……ったく、みんなアイツが変なこと言ったせいだっ」

 弓を持ったまま、ナギは腰に手を当てて鼻を鳴らした。黒髪から伸びた触手もいらだたしげに、うねうねとせわしなく動く。

 …………………………………………
 ……………………
 …………

「ほ、ほ、本気かオマエっ!? あ、アタシとでででデートとか……っ!?」
「あのなぁ……みなが見とる前で、嘘や冗談でんなことゆえると思うんか」
「そ、そーだっ! そもそもなんでこんなとこで誘うんだよオマエっ! 普通、誰もいない校舎裏とか空いた部室とか屋上とかに呼び出すとか、放課後の教室にふたりっきりの時とか、それから、それから──」
「まあ、コッチもそんだけ本気やっていうこっちゃ。それに、甲介もみんなの前でホノカちゃんにコクっとったし、それにあやかってみたんや」
「あやかって、って……。くっそーみんな見てるから断りづれぇ…………これがいわゆる孔明の罠か?」
「……そういう言い回しどこで覚えてくんねん」

 …………………………………………
 ……………………
 …………

 今は的に集中して、意識しないでおこう──と思えば思うほど、頭の中は彼方の、そしてデートの約束のことで一杯になってしまう。

「『離れ』と『残心』がおろそかになってるぞ、ナギ」
「わかってるよ。ったく」

 射法八節の残り二つを、横から指摘される。
 決まりごとにうるさいのは種族特性だよな〜と、口の中で愚痴りながら、ナギは声の主の方に向き直った。

「聞こえてるぞ。口うるさくて悪かったな」

 褐色の身体を道着に包み、腰まであるストレートの黒髪を頭の高い位置で結わえた三角けも耳っ娘は、A組のアヌビス娘、レイン。
 袴のお尻に開けたスリットから髪と同じ色をした犬の尻尾がとび出し、手足の先もデフォルメされた犬のそれなので、足袋が履けずに素足である。もっとも、人間の衣服や履き物をそのまま身に付けることができる魔物娘の方が少数派なのだが。

「…………」

 彼女はナギを一瞥すると、的に向き直り、手にした弓に矢をつがえた。
 背筋を伸ばし、顎を引き過ぎず、お手本通りの構えで矢を放つ。

 ヒュン…… トス──ッ!

 肉球わんこハンドでどうやって弓を引いてるんだ? などと、
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