13「ゆにぴょい伝説(後編)」

 明緑館学園撫子寮、朝──

「んっ、ふあ……っ」

 身体の構造上横向きの姿勢で寝ていたケンタウロス種ユニコーン娘アイリは、目覚まし時計の音にウマ耳をピクリと動かし、ベッドの上で半身を起こした。
 鳴り続けるそれのてっぺんを軽く叩いて音を止める。最初は違和感をおぼえていた電子音やデジタル表示にも、すっかり慣れてしまった今日この頃。

「…………」

 そのまましばし寝ぼけまなこで頭をゆらゆらさせ、ぼーっとしていると、頭の上からルームメイトの間延びした声がかかった。

「おはようさんどすえ〜」
「あ……おはよう、ござい、ますぅ……ん……」
「ほら、二度寝したらあきまへんえ、アイリはん」
「んぁ……、はい、そう……です、ね──」

 今日も人化して学校行くんやし早よ用意せんと……と言いながら、天井にぶら下げられたハンモックを揺らして滑り降りてくるアラクネ娘のヤヨイ。アイリも首を振って眠気を振り払うと、広めのベッドに横たえていた馬体を起こして立ち上がった。
 ナイティを脱いで全裸になる。二人は各々の机の上に置いてある腕輪を手首にはめて、互いに向かい合った。
 アラクネとユニコーン、どちらも下半身が大きいので部屋が狭く見える。そんな二人が何故一緒の部屋なのかというと、ひとえに寝場所を考慮したためだ。
 ヤヨイがアラクネの習性?で天井近くにお手製のハンモックを張って寝ることにしたため、その結果アイリは二人分の──馬体を横にするのに充分なベッドスペースを確保することができ、同室が決まったのである。

「ほな、いきますえ」
「は、はぁい……」

 バフォメット娘カナデが設計し、サイクロプス娘ホノカが作った魔力循環器──人化維持の腕輪。
 その表面に彫刻された魔力ラインに虹色の光が奔った。消費した魔力は昨日ひと晩で再充填済み。意図して外さない限り、ほぼ一日ヒトの姿を保つことができる。

「魔の力よ、我が身を凡百たるヒトの姿に変えたまえ……どすえ♪」

 などと必要のない呪文?を唱え謎ポーズをきめておどけるアラクネ娘に、思わず吹き出しそうになる。
 ルームメイトがヤヨイでよかった……そう思いながらアイリは目を閉じて、腕輪を起点に人化の魔法を自身にかけた。

「あ、んんっ……」「んっ、ふあぁ……」

 それぞれの足元に魔法陣が展開し、回転しながら下半身を包み込むようにせり上がっていく。放つ光の中でヤヨイの八本のクモ脚が、アイリの四本のウマ脚がヒトの二本脚に置き換わり、へそから下のシルエットもヒトのそれに変化した。
 お尻に身を押し込められるような感覚も一瞬。本来の下半身にあった質量はディラックの海にでも投棄されたのだろうか……そして役目を終えた魔法陣が光の粒になって飛び散り、消失する。
 ヤヨイとアイリは、ふっと息を吐いて目を開いた。

「特に問題なさそうどすなぁ」
「そうですね」

 腕輪を使い出して二日目。腰を捻って人間体に変化した自分の身体をチェックして、微笑み合う。
 姿勢よし、バランス感覚よし、違和感なし……さあっ、今日も一日がんばろうっ。

「あ、せやせや、ゆうべイツキはんとリッカはんが、朝の間に顔出してほしいって言うてたどすえ」
「え? 何それ聞いてないです……」

 ブラジャーのホックを背中で留めながら、ユニコーン娘はルームメイトの言葉に首を傾げた。



「今までは身体が大きくここで動きにくいこともあって免除していましたけど、今日からは皆さんにも食事当番のローテーションに入ってもらいますね♪(にっこり)」
「わたくしとイツキさんがしっかりきっちりフォローいたしますので、心配ご無用ですわ〜♪(にんまり)」
「「「…………」」」

 メイドコンビ──キキーモラ娘イツキとショゴス娘リッカにそう宣言され、アイリとヤヨイ、そして一緒に呼ばれたバジリスク娘リコの三人(全員人化中)は「あー」と一斉に嘆息して、キッチンの天井を見上げた。

 さらば、上げ膳据え膳の日々よ……

<●>

「……ん? ワシらの世界の医療技術じゃと? はっきし言ってこっちの世界とたいして変わらんが? 生薬だけじゃなく抗生物質とかも使うし、消毒や麻酔、注射や点滴、開腹手術なんぞも当たり前じゃぞ──」

<●>

 昼休み、高等部一年B組の教室。
 校長室に呼び出されていたヴァルキリーのルミナが、その顔に何やら複雑な表情を浮かべて戻ってきた。

「なんだったの? 校長先生の話って」
「きししっ、ま〜たどっか出禁になったのかぁ?」
「やかましいっ」

 文葉の問いかけに乗っかってからかってくるヒトツ目ゲイザー娘のナギを睨みつけ、フンと鼻を鳴らして目をそらすと、「……あーはなはだ不本意ではあるが、放課後しばらくの間、D組にいるユニコーンの身辺警護をすることになった」


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