中立国ハイレム──
風光明媚な港町や海水浴場を有するハイレム湾の、はるか沖合に浮かぶ絶海の孤島。そこに魔導犯罪者収容施設デラ・レヘン監獄があった。
収容されている受刑者たちは皆、魔力を封じる首輪を嵌められて独房に放り込まれる。最低限の食事、雑な衛生環境、脱獄しようにも周囲は大海原といった状況下で、それ以上何も与えられず、彼らは魂を少しずつ擦り減らし朽ちていく……
その日、看守(尋問官)のガロア・ノクティスは、独房の鉄扉が並ぶ薄暗い廊下を一人歩いていた。
歩くリズムに合わせて、手にした警棒を空いた手のひらに何度も打ち付ける。受刑者が少なく静まり返った周囲に、それは足音と合わせて無機質に響く。
威圧感のある大柄な身体に強面のスカーフェイス。そこに浮かぶ表情は嗜虐と愉悦。受刑者の取り扱い≠ナたびたび問題になっている彼だったが、今回だけは上からも「多少手荒なことをしてもいい。というかさっさと(心を)折ってしまえ」と言われている。
──ま、すぐに潰しちまったら楽しめねえけどな……
口の端をにちゃっと歪めると、ガロアはその担当受刑者が入っている独房の前に立ち、手にした警棒の先で鉄扉に貼られたネームプレートをなぞった。
Yorugo Haahn
魔導犯罪者ヨルゴ・ハーン。試験飛行中の大型飛行船に魔力で放火し炎上、墜落させ、多くの命を奪った罪でここに収監されている。もっともガロアにしてみれば、いい歳して思春期のガキみたいな口調で喚く自称勇者のイカれたおっさん以外の認識はない。
「…………」
覗き窓から中をうかがう。毛布が人の形に盛り上がっているのに気づき、ふて寝してやがるのかと舌を打つ。
わざとガチャガチャ音を立てて鍵を回し、ガロアは扉を足で乱暴に蹴り開けた。「さ〜あっ、今日も楽しい楽しい『悪者に囚われた勇者』ごっこの始まりだ、ぜ──」
次の瞬間、中に入った彼の目に飛び込んできたのは、自分の鼻先に突きつけられた長剣の切っ先だった……
…………………………………………
……………………
…………
……
独房から忽然と消えた、飛行船ハイレンヒメル号炎上墜落事件の実行犯。
だが、背後関係の洗い出しに躍起になっていたはずのハイレム行政府は、何故かこの一件を闇へと葬った──
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「「「海だぁっ!」」」
白い砂浜、青い空、寄せては返す波の音。
ここはハイレム湾の一画にある、イモアラ海水浴場。ステラたちワールスファンデル学院高等部の面々はユーチェン先生の引率で、臨海学習……という名の海遊びに来ていた。
「海! デカイ! 広イ! ナンか匂いスル!」
「うっわ、話に聞いてたけどマジで向こう岸見えないんだ……」
学院のあるサラサイラ・シティが内陸部に位置することもあって、海を見るのが初めての生徒も多く、彼らはさっそく裸足になり走り出す。
「いいんですか? あの娘(こ)たち」
きゃあきゃあと声を上げて波打ち際で騒ぐ夏服姿の魔物娘たちを眺めながら、蜂蜜色の髪をポニーテールに束ねてノースリーブのトップスにショートパンツといった格好のステラは、隣に立つユーチェンに声をかけた。
反魔寄りの中立国であるハイレム。こんな風に魔物娘があからさまに遊びに来て大丈夫なのかと思う。
「無問題♪ ハイレムのお偉いさんには、魔物娘たちがやらかそうとしても、うちの生徒のヴァルキリーが全力で止めてくれるからって言っておいたから」
「うげ……」
顔をしかめる戦天使の教え子に、白のサマードレスの上にメッシュのカーディガンを羽織り、日傘を差した白澤先生は「冗談よ」と付け加えて微笑んだ。
まわりに他の海水浴客たちも結構いる。いぶかしげな、あるいは好奇の視線は感じるものの、それ以上かかわってこないのだから、ステラの心配は杞憂であるようだ。
「ステラさん!」
小柄な少年──ソーヤが笑顔で駆け寄ってきた。彼も波と戯れていたらしく、オーバーオールのズボンの裾を捲り上げて裸足になっている。
「すごく気持ちいいですよ。……ステラさんもっ」
「う、うん」
手を引かれてステラもサンダルを脱ぎ捨てて、寄せる波に足を入れた。
ぱしゃぱしゃと小さく足音を立て、砂を踏む感触に目を細める。
「どうです? ステラさん」
「うん、楽しい。……えいっ!」「わっ!?」
近づいてきたタイミングでステラが海の水を蹴り上げると、ソーヤは驚いてバランスを崩し、尻もちをついた。
「やったな〜。お返しですっ」
「きゃあっ♪」
「あははっ」「もうっ、ソーヤくんったら──」
笑いながら水しぶきをかけ合うソーヤとステラだったが、「あーバカップルバカップル」といったまわりのナマ
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