11「突撃! 彼氏ん家(後編)」

 その日、ショッピングに行っていたルミナと文葉は、地下鉄の改札を出たところで、案内板の前で困ったような表情を浮かべている和服姿の老婦人に気づいた。

「あの、何かお困りのようですが、どうされました?」

 文葉が止める間もなく、ルミナが速攻で声をかける。老婦人はびっくりしたように二人の方へ振り向くと二、三度目を瞬かせ、そして相好を崩した。

「あら、ごめんなさいね。公園通りに行きたいんだけど、どの出口から出ればいいのかなって」
「公園通り、ですか……、えっと……」

 横に立ち、案内板を指でなぞろうとするルミナ。
 自分も不案内なくせに──そう思いながらも文葉は溜め息を吐き、口を挟んだ。

「市民公園なら南出口から出て左に行けば、歩いて十五分ほどですよ」
「そうだったわね。久しぶりにこっちに来たけど、駅の中の様子もすっかり変わっちゃってて」
「なるほど。で、公園通りのどちらに行かれるのですか? よろしければわたしたちもご一緒しますが」
「ちょっとルミナ……っ」

 困っている人を見ると手助けしたくなるのは天使属の特性だと聞いてはいたけど、お節介が過ぎるのもどうかと思う。

「いえ、親戚がお店をやっているから、そこを訪ねようかと……ビストロSARASAっていう洋食屋なんだけど」
「ビストロSARASA? どっかで聞いたような……」
「知っているのかフミハ? あ、えっと──」

 問い直すルミナに、老婦人は上品な笑みを浮かべたまま空いた手を胸元に当てて名乗った。

「河森雪乃(かわもり・ゆきの)。よろしくね、お嬢さんたち」

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 ……………………
 …………
 ……

<●>


「──ということがあったんだ。わかったか」
「何えらそうに説明してんだ……ていうか、いつまでいるんだよおまえっ!?」

 場面は戻って、ビストロSARASAの奥にあるテーブル席。
 ルミナの説明にツッコミを入れて、ナギはテーブルの向かい側に座って無言でお茶を啜る彼方の祖母──雪乃の顔をチラッとうかがった。
 グレーの髪、歳を重ねてしわの刻まれた目尻や口元、だがそれとは裏腹に姿勢がピンと伸びていて、矍鑠(かくしゃく)とした雰囲気がある。

「知れたこと。貴様がユキノさんに危害を加えないか見張っているのだ」

 文葉は家族との約束があるからと先に帰宅。ヴァルキリーの少女はフンッと鼻を鳴らし、テーブルの上に置かれた箱に手を伸ばした。

「カナタのおばあちゃんにそんなことするかっ! つーか、しれっとゴザソーロー三つも食うなっ!」
「落ち着けやナギ」

 言下に「さっさと帰れ」を滲ませ怒鳴るゲイザー娘を、彼方が苦笑を浮かべてなだめる。お茶請けはナギがお土産で持ってきた、神の怒りによって地域ごとに呼び方をバラバラにされたという伝説(笑)がある、あんこ入りのあの和菓子だった。

「ナギさん、とおっしゃるのね」

 雪乃が湯呑みを置いて、呼びかけてきた。

「はっはいナギですっ! 明緑館学園高等部1年B組、種族はゲイザー、弓道部所属でっ、かっ、カナタとつっ、つきあってますっ!」

 一ツ目や触手にも動ぜず泰然自若。口調は優しげだったが、ナギは思わず背筋を伸ばし、上擦った声で応えた。
 雪乃はほんの一瞬目を丸くして単眼娘を見ると、横にいた孫に声をかけた。

「彼方、席を外してくれない? この子たちと女同士で話をしたいの」
「え……?」
「二人にお夕飯作ってあげるんでしょ? ほら、行った行った」
「…………」

 促されて席を立つ彼方。不安げに見上げてくるナギと目が合った。

「カナタぁ……」
「何情けない声出しとんねん。ばあちゃんの相手頼むわ」

 頭をぽんぽんと軽く叩いてリビングから出ていく彼方の背中を見送ると、ナギは「あらあら」と微笑む雪乃に向き直る。
 正面に座る袴姿のゲイザー娘と、その隣で不満げな表情を浮かべる戦天使の少女を交互に見つめ、彼方の祖母は二人に問いかけた。

「あなたたちは知ってるの? あの子の両親のこと」
「前にカナタから聞いた。クルマの事故で亡くなったって」
「私もコイツと一緒に聞きました」
「そう……」

 一転、神妙な顔になるナギとルミナ。雪乃は彼女たちの返事に軽くうなずくと、テーブルの上で指を組んだ。
 少し昔話に付き合ってね……と前置きして彼女が語りだしたのは、その当時の彼方のことだった──



「……それで葬儀が終わって、あの子を引き取ろうとしたんだけど、『自分がいなくなったら、父さんと母さんが開いたこの店までなくなってしまう。ここから離れたくない』って大泣きしながら言い張ってね」
「じゃあ、ここって元々はカナタの両親の店なのか……」

 左右に首を巡らしつぶやくナギに、雪乃が「ええ」と答えた。

「結
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