サラサイラ市民公園、野外ステージ。
平時は大道芸人のパフォーマンスや吟遊詩人の弾き語りがあったり、ガンダルヴァやセイレーンたちのライブ、ヴァンパイアの女優と演出家の夫が主宰する劇団の公演などが不定期に開催されたりしている施設なのだが……
「直ちに人質を解放し、武装を解いて指示に従え! 実力行使はこちらも本意ではないっ!」
警邏隊士たちが、客席側から電撃短杖──スタンロッドを構えて舞台を取り囲む。
地面から一段高くなったそこを占拠しているのは四人組の不審者。彼らに拘束された作業着姿の男性が二人。真ん中に立つ人物は胸の前で握った拳を震わせながら、バイザー(面頬)の奥で絞り出すように声を上げた。
「くっ……僕が無意識に纏う聖なる雰囲気を隠しきれなかったのか? それともまさかこの小隊にスパイがいたというのかっ!? だが、そうでなければこんなにも早く潜入が露見するはずがないっ!」
「いやそもそも勇者さまがそんな格好してるから……っ!?」
横にいた男がぼそりとつぶやき、後ろにいた仲間に足を踏まれる。
他の者たちが皆、地味な傭兵風の拵えで流れの武装よろず請負人(冒険者)を装っている中、一人だけ柄の先端に宝玉のついた長剣を腰に吊るして、翼を模した飾りの付いたバシネット──開閉式のバイザーがついた大兜を被り、胸元に主神教団軍のエンブレムが入ったキンキラキンの全身鎧を身につけ真っ赤なマントを羽織っている。バレない方がおかしい。
全く何を考えているのか、いや何も考えていないのか。だがその表情はバイザーに覆われていて、うかがうことはできない。そもそも怪しげな連中が野外ステージで勝手に野宿していると通報があり、おっとり刀で駆けつけたら教団軍の潜入部隊だった……なんて誰が予想できただろうか。
「あまりにあからさま過ぎて、公園管理事務所の人も最初は無許可のコント劇団だって思ったんだと」
「けど、今もその可能性が……微レ存?」
「なんだよそのビレゾンって」
「…………」
緊張感に堪えかねて軽口を叩き合う警邏隊士たち。彼らは隊士長にギロッと睨みつけられ口を噤んだ。
人質──教団兵たちは「無辜の市民を魔物から保護している」と主張している──を取られている上に、「勇者さま」と呼ばれる全身鎧の人物の得体が知れない分、迂闊に実力行使に出ていいのか判断に迷う。
勇者。人々を護り、魔を退け、その偉業によって誰からともなくそう呼ばれる者たち。もっとも昨今では主神教団が「勇者」と認定したらそれが勇者という、本末転倒な代物なのだが。
「そうかっ! 隠密行動にこだわり過ぎて宿をとらなかったことが不自然だったかっ」
「ていうか勇者さまが『腹が減っては戦はできぬ』とか言って、ここに来るまでに散々飲み食いしたから宿代が足らなくごぶぅっ!!」
さっきの男がまたぼそりとつぶやき、今度はもう一人の仲間に剣の柄でどつかれる。
いらんこと口走る人間って何処にでもいるんだな……と、頭の片隅で思いながらも短杖を構え直す隊士たち。
不審者もとい教団兵たちも、ショートソードを構え直して抵抗する様子を見せた。警邏隊の背後──ガイドポールとパーテーション(仕切り)の向こうに集まっていた野次馬連中から、ざわめきが起こる。
「た、助け──」
人質男性の一人が弱々しくつぶやき、さらに首を締め付けられる。保護とは一体。
「たとえ潜入が露見してもっ! 勇者である僕が為すべきことは変わらないっ!!」
そして「勇者さま」と呼ばれた全身鎧の男が舞台の縁までゆっくり歩いてくると、開いた右手を前に突き出し、高らかに叫んだ。
「僕は勇者ヨルゴっ! 主神の剣にして正義の代行者っ! 秩序を守護し魔を滅する者っ!!」
警邏隊に取り囲まれていることを意にも介さず屁とも思わず、伸ばした手を胸元に戻してグッと握り締め、空いた左手をビシッと横に振って名乗りを上げる。
後ろの三人はさておき、少なくとも彼はガチガチの反魔物主義者……というより「教団こそが正義、魔物はすべからく悪」「魔物や魔王を倒せば(それだけで)世界中が平和になってみんなが幸せになれる」などといった単純で幼稚な教えを無邪気に信じ込んでいるようだ。ある意味一番タチが悪い。
「この街に巣食う魔物どもを全て駆逐し、人々の平和を守るっ! それがっ、それが僕の使命だっ!!」
「え〜っとわたしらの任務って噂の調査……あ、いやなんでもないっす──」
「「「…………」」」
現場が野外ステージであるせいか、余計に出来の悪い小芝居を見せられている気分になり、無意識に苦笑いを浮かべかけた隊士たちはあわててその表情を引き締めた。
野次馬の間をかき分け駆けつける応援の部隊。隊士長はそれを横目でうかがうと、もう一度舞台の上に呼びかけ
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