ホシト・ミツルギには、小さかった頃の記憶がない。
覚えている一番古い光景は、爆発しながら墜落していく飛行船と、そこから虚空へ放り出された自分自身。
「うわうわうわうわうわあぁああああああ〜っ!!」
耳を打つ気流の轟音と、勝手にぐるぐる回り続ける身体、視界の中で何度も入れ替わる大空と大地に、自分が凄まじい勢いで落ちていることを……死≠本能的に悟る。
嫌だ。怖い。まだ死にたくない。涙、鼻水、よだれ、涙、鼻水、よだれ、涙、鼻水、涙、涙、涙、──
だが次の瞬間、ホシトの視界は突然真っ白な光に覆われて、その意識は輝きに包まれるように溶けていき…………
そのあと彼は怪我ひとつない状態で、眼下に見えた草原に倒れ伏しているところを発見された。
反魔寄りの中立国ハイレムで起こった、のちに「飛行船ハイレンヒメル号爆発墜落事件」と呼ばれる航空事故。父親を含めた試験飛行の乗組員全員が死亡した中、唯一の生存者となったホシトだったが、高空から落下したにもかかわらず無傷で生還したことを、周囲から奇異、そして疑惑の目で見られることとなった。
おかしい。怪しい。絶対何かあるに違いない。
そうだ、ただの子どもに奇跡が起きるはずがないっ。
主神教団の異端審問にかけられる前に、親族たちの伝手で(厄介払いも兼ねて)彼らの手の届かない親魔物都市サラサイラ・シティにある、このワールスファンデル学院に編入させられたのが一年前。それから月日が経ち、再び同じ季節が巡ってきた頃に、ヴァルキリーへの変身能力がいきなり発現したのである。男なのに。
「おそらく空から落ちていく時に、受肉前のヴァルキリーと偶然に接触して、彼女がこちらの世界での身体を構成するのにホシトくんが巻き込まれ……いえ、取り込まれてしまったんじゃないかしら? あるいはあなたを助けるために、意図的にそうした可能性もあるわね──」
変身の秘密を知る唯一の人物、魔物娘教師のユーチェンは、以前ホシトにそう説明した。しかし「知の神獣」と呼ばれる白澤である彼女をもってしても、天使顕現の仕組みに関しては伝え聞いたもの以上の知識はなく、推測の域を出ないようだ。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「ホシト先輩っ」
「お、おう」
朝のワールスファンデル学院、高等部の教室。
聞き慣れた声に顔を上げると、小柄な銀髪の少年がトレードマークのポニーテールを揺らしながら、とてとてと駆け寄ってきた。
「おはようございます、ホシト先輩!」
「お──おはよう、ソーヤ」
同じ制服を着ているのに、やっぱり中等部の生徒にしか見えない。
にこにこ笑顔を見せる彼、ソーヤにつられてホシトもぎこちなく笑みを浮かべると、
「あ、あのさ、前から言ってるけど、同じ教室なんだから『先輩』ってのは、ちょっと──」
「でも、ホシト先輩は僕より先にこの学院にいたし、歳もひとつ上だし」
「ま、まあ確かにそうなんだけど、さ……」
同じ途中編入生のよしみで、いろいろと世話を焼いていたら、いつの間にか「先輩」と慕われるようになっていた。
普段と変わらない、いつものやり取り。
だけどホシトは昨日、ステラの──ヴァルキリーの姿でソーヤを助けて、女の子≠ニして初めて彼と言葉を交わした。いきなり正体がバレるとは思わないが、内心のドキドキを顔に出さないようにするので正直いっぱいいっぱいだ……
「そ、そうだホシト先輩! 僕、昨日会ったんです、噂の赤いヴァルキリーに!」
「あ、そ……そう、なんだ」
……なんて思っていたら、のっけからきた。
目をキラキラさせながら、嬉しそうに身を乗り出してくるソーヤ。ホシトは曖昧に応えると、目を泳がせて横を向く。「あー、と、ところでさソーヤ、今度のジパングフェスタだけど──」
「紅のヴァルキリーに会ったんだって? いつ? 何処で?」
「マジか? 噂だけだと思ってたけど、ホントにこの街にいたんだ」
「でもそれってさ、主神教団軍が攻めてくる前触れなんじゃ──」
「んなわけねーだろ。最近の受肉した天使は教団の魔物排斥・殲滅派と距離置いてるって、ユーチェン先生も授業で言ってたし」
話題を変えようとしたら、教室にいた耳ざとい連中が男子も女子もわらわらと二人のまわりに集まってきた。なお、女子のうちの何人かは頭の上のケモ耳をぴこぴこさせたり、制服のスカートの裾からとび出た尻尾をふりふりさせたり、腰に生えた翼をぱたぱたさせたりしている……ここが人魔共生校だという触れ込みは伊達ではない。
「で、どんな娘(こ)だったの? くわしく聞かせてよソーヤくん」
「え、えっと……か、彼女は──ステラさんは……その、キラキラした金髪で、サファイアみたいに澄んだ青い目で、背が高くてスラリとし
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