「ぶひひっ、ソーヤくぅん見〜っけ♪」
「ひ……っ!」
横合いから聞こえてきた声に、名前を呼ばれた少年──汗だくになりながら胸を押さえて息を継いでいたソーヤ・フォレストは、一転その顔を引きつらせて後ろを振り向いた。
後頭部で束ねたクセのない銀髪が、尻尾のように跳ねる。
同年代の男子と比べて低い身長。騎士団の略礼服を模した高等部の制服を身につけているが、童顔とも相まっていささか頼りなげな印象を受ける。
「わざわざこんなヒト気のないとこに逃げ込むなんてぇ♪」
「これはもう、襲ってくださ〜いって言ってるようなモンだよね〜っ♪」
「あ……く、くそっ──」
反対側、そして正面からも嬉しそうな、それでいてサディスティックな笑い声が響く。
時刻は夕暮れ時。旧校舎裏の廃材置き場。三方向を囲まれて、ソーヤは塀際まで追い詰められた……
「ま、どう足掻いたってアタシらの鼻撒くのは無理だっつーの♪」
「んじゃ約束通りぃ、捕まえられたソーヤくんはぁ……ウチらの肉バイブになることけって〜いっ♪」
「な……!?」
同じ教室の女子生徒ペトラとパメラが、愛嬌のある顔に意地の悪い笑みを浮かべてゆっくりと近づいてくる。双子だけあってその表情も、胸とお尻の大きさも鏡に映したようにそっくりだった。
レイヤーボブにした髪の中から垂れ下がった大きめの耳、ルーズに着崩した制服の、短くしたスカートの裾から見えるブタの尻尾……ふたりはオークと呼ばれる獣人型の魔物娘である。
「そ……そんな、約束、し、してない、ぞ──」
精一杯虚勢を張って言い返しながらも、あとずさるソーヤ。まだ勝手が分からない校内を逃げ回って、やっとあきらめてくれたのかと安心していたら……いや、獲物をいたぶるように、彼女たちにワザとこの場所に追い込まれたのかもしれない。
ここは親魔物領サラサイラ・シティにある、ワールスファンデル学院。
人魔共生校だと聞いてはいたが、まさか転入早々、魔物娘に目をつけられてしまうとは。
「ククク、いいねぇいいねぇその強がりなトコも……けぇ〜ど」
腕を組み、ソーヤを値踏みするかのように睨めつけ舌舐めずりする三人目──上級生のカーリィは、イノシシの特徴を持つ銀髪褐色肌の獣人娘ハイオーク。ペトラとパメラのパイセン≠セ。
襟のリボンを外してはだけたブラウスの胸元はオーク娘たちよりさらに大きく、貞操その他諸々が絶賛大ピンチであるにもかかわらず、ソーヤの目はその深い谷間に吸い寄せられてしまう。
カーリィは愉悦めいた笑みを濃くすると、顎をしゃくった。
「ほ〜ら、そこに立派なテントおっ立ててちゃね〜♪」
「……!!」
彼女たちが垂れ流すフェロモンじみた香気。加えてむちっとしつつもメリハリのあるその身体。それに当てられて無意識のうちに勃起して(させられて?)たのだろうか。まあ単なる「疲れマラ」かもしれないが。
「おーおー、これはまた」「ソーヤくんってばぁ、やっぱMぅ〜?」
「ち、違っ──」
ニヤニヤと嗤う三人のイヤらしい視線を受け、顔を赤らめ反射的に前を押さえて腰を引く。
一度でも魔物娘と身体を交えたら、一生そこから抜け出すことはできない……怯えるソーヤに嗜虐心をさらに刺激され、ペトラたちは互いに横目で目配せし合うと、
「「「いっせいのーでっ、いっただきま〜ぶひいぃぃっ!?」」」
「うわぁああっ!?」
目にハートマークを浮かべてとび掛かった次の瞬間、オーク娘二人とハイオーク娘はいきなり放たれた目も眩むような光と、次いで巻き起こった旋風に後ろへと吹き飛ばされた。
尻餅をつき、反射的に腕で顔を覆ったソーヤがおそるおそる振り仰ぐと、目の前にひとりの少女が、彼を守るかのように背中を向けて仁王立ちしていた。
緩くウェーブのかかった、蜂蜜色をした長い髪。
ひっくり返ったオーク娘たちとは真逆の、アスリートを思わせる引き締まった、それでいて柔らかさを兼ね備えた身体つき。
その身にまとうは真紅のドレスアーマー。そして腰から広がった、二対四枚の白き翼──
「大丈夫?」
「……え?」
涼やかな声が、戸惑うソーヤの耳に響く。
振り向いたその横顔は、怜悧な彫刻を思わせる美しさ。しかし口元に浮かんだ微笑みと、湖水のように澄んだ蒼い瞳からは、優しさと強い意志が感じられた。
「ば──ヴァルキリー、だとっ?」
首を振って身を起こしたハイオーク娘カーリィが、驚愕に顔をこわばらせてつぶやく。
ヴァルキリー。優れた武勇と気高い精神を備えた天界の戦士。勇者や英雄を育て導くために、人界に受肉し顕現するとされる。
今、光とともに出現した彼女は、まさにその戦天使であった。
「……あっ! こ、コイツっすよぉカーリィさんっ! 最近ウチのガッコや街に現れてぇ
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