朝起きて感じるのは、体を突き抜けてくこの清涼な空気。
このバルコニーから太陽を望んで、黄緑色に輝く森を感じて初めて、新しい一日が始まるような気がするんだ。
──
森奥に潜むようにして建つこの屋敷にある物と言えば、天井まで突き抜けるほどの大きな棚と『本』。
もちろん木製の温かみのある調度品もいくつかあるけれど…特筆すべきはこれらおびただしい量の『本』だろう。
到底読み切れないような──実際はきっと、ヒトでも読み切れてしまうのだろうけど──壁一面にびっしりと敷き詰められた本の数々。
ここは所謂『私立図書館』というもので、僕はここの住み込みバイト。…とは言うものの、恥ずかしながら実際は、居候的な面の方が強いかも。
「ミス・ネネラ!おはようございます!」
「おはよう、ピネリオ。今日もよろしくね。」
杖で探りながら、器用に螺旋階段を下りてくる館の主・ネネラさん。
生まれつき目の見えない彼女だけれど、そんなハンデを全く感じないほど器用な妖精で、杖や五感・時に魔力をも使い、今まで独りで生活を送ってきたらしい。
そんなネネラさんに僕みたいな「ヒト」が手伝える事なんて無いと思ってたけど…ひょんなことから迷い込んでしまった僕に『小間使い』として居場所を作ってくれたのは、紛れもないネネラさんだった。
聞けばネネラさん、昔に本の整頓をしていたところ、突如倒れ込んできた棚に羽を潰され動かなくなってしまったらしい。
すぐに相応の手当てをしてもらえばよかったものを、「隠遁生活を送る口実として、これ以上のものは無いわ」とか言って、飛べないままで過ごしてるんだとか…飛べない証拠に、フェアリーならば魔力でキラキラと光っているはずの背中の羽でも、ネネラさんのはしゅんと萎び、褪せた灰色をしている。
ともかくそんなことがあったから、身の回りの世話をしてくれる、丈夫な手伝いさんが欲しかったんだそう。
それに「歩行移動が主の建築になってるワタシの屋敷なら、ヒトでも都合が良いでしょう。」と言ってくれた通り、その辺りも僕には丁度良かった。
そして何より、『紙書籍』!僕は"本"が好きだった。今もだけれど、当時はもの凄く興味があって…だから僭越ながら、自分に何ができるかも分からなかったけれど、ネネラさん家に居候──こと、雇っていただくことになった。
何でも一人でやってしまえるネネラさんだけど、まだまだ不便は多いらしい。普段は紅茶淹れやら、本棚の整頓やら、たまに来る来客への対応──これは結構厄介で、いっつも体と頭を使う羽目になるんだけど──やら…簡単なことでしか助力のできない僕だけど、丈夫なヒトということもあってか、探し物や運び物、お使い役として重宝してもらっている。
そして、今日はそんなネネラさんの誕生日。もちろんプレゼントは用意してあるけれど…
階段を半ばにして、ネネラさんは立ち止まってこう尋ねた。
「ねえピネリオ。今日が何の日か、分かる?」
「はい!ミス・ネネラの誕生日です。」
そう答えると、ネネラさんは可愛らしく口元を緩ませた。
「ふふふ。正解。覚えていてくれて嬉しいわ…。
──じゃあピネリオ、お誕生日のレディのお願い。聞いてくれるわよね?」
いつもは年上のお姉さん然とした人だけど、こうして見ると同い年の女の子みたいだ。
「はい、もちろん!なんでもお応えしますよ。」
ネネラさんが一瞬いたずらっぽくニヤリと笑ったように見えた。
「ふうん…何でも?
では…まず、今日は図書館を閉めることにします。そして、昼餉を告げる鐘が鳴ったらワタシの部屋まで来てちょうだい。良いかしら?」
「…?もちろん構いませんが…お菓子とか、そういうのは要らないんですか?」
「ふふふ、お菓子よりももっと欲しいものがあるの。
…それじゃあ、またお昼にね。」
そう言い残してネネラさんは、下ったばかりの階段をまた上って行った。
それだけを言いに来たらしい…けれど、後ろ姿は心なしか楽しそうだ。
…誕生日。
ここに居候に来てもうすぐ2年。これが二人の間で三度目の"誕生日"だった。
前回はお互いの誕生日に二人だけのパーティーを開いて、ささやかなサプライズを用意したり、色々なことを夜通し語り明かしたりしたけれど…今回は、少し違うみたいだ。
とりあえず、目下できることをしようと足を向けた。
プレートをひっくり返して『閉店』を知らせたり、梯子を使って棚の上まで掃除をしてみたり、誰もいないということは時間が空くので、なかなか手が付けられなかった地下の書庫で探し物をしてみたり…そうこうしているうちに、あっという間に昼餉の時間になった。
頃合いかな?と思い、おずおず地下から顔を出してみると、長針は"1"を指し…ということは、鐘はとうに鳴り終わってる!
焦って階段を駆け上り、そうしてゼエゼエ、息も絶え
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