歪む視界と激しい酩酊に思わず足を止め、しゃがみ込む。
周囲から陽気な歌声や楽しそうな笑い声も、今の自分にとっては騒がしいだけだった。
「うぅ…散々飲ませやがって…」
壁に手をつきながらヨタヨタと、ゆっくりと歩く。一歩進むごとに胃は収縮を繰り返し今にも内容物がひっくり返りそうだ。
これ以上、少しでも動けば倒れてしまう。
そう思い、ひんやりとした土の上に腰を下ろした。
ゆっくりと、冷たい夜の空気を肺に取り込み、吐き出す。
ふと、先ほどまで騒がしかった周囲がしんと静まり返っていることに気づく。確かに人通りが少ない裏路地へ入ったとはいえ、大通りからそこまで離れてはいないはず、だというのに周囲はまるで真夜中のように静まり返り、霧が深く立ち込めている。
「もし…そこのお方、大丈夫ですか?」
「んえ?」
頭上から声を掛けられ、振り向くと月光に照らされた女性が立っていた。
頭に生えた大きな角、獣のような白い尻尾や脚…確か、白澤という魔物だったか…
「店前で座り込んでいたので何事かと思い声をかけたのですが…調子が悪そうですね?」
「あぁ、すみません…少し飲みすぎてしまって…今どきます…」
慌てて立ち上がるが、いまだに酒の後遺症は抜けず、思わず転びそうになる。
「あらあら、無理をなさらず…良ければ店で休んで行ってくださいな」
「い、いえ、迷惑をかけるわけには…」
「店前で倒れられた方が迷惑ですよ!ささ、こちらへ…」
魔物に腕を引かれ、古びた店の中へ入る。
ふと見上げた看板には、木の板に金の文字で店名と、おそらく謳い文句のようなものがが書かれていた。
アルカナ秘宝庫
あなたの願い、叶えます
…………………
「いやぁすみません…助かりました…」
コップに注がれた水をゆっくりと飲みながら礼を言うと、魔物はにっこりとほほえんで頭を下げた。
今更ながら、冴えた頭で店内を見渡す。
ネックレスや指輪、腕輪などの装飾品が並んでいるのを見ると、ここはアクセサリー屋だろうか?
しかし、奥の棚には彫像や水晶、みるからに怪しい本なども置いてある。
「ウチの商品、気になりますか?」
「あ、はい…ここは…骨董品店ですか?」
「うーんまぁ当たらずとも遠からず…ここはですね、願いを叶える店なんです」
店主はこともなげに、にこりと笑いながらそう言った。
「願い…?」
「平たく言ってしまえば、マジックアイテムを取り扱っています。お客様のお話を聞いて、その人の願いを叶えられるような商品をご提案するんです」
「へぇ…」
「良ければ…ここに来たのも何かの縁、少しあなたのお話を聞かせてくれませんか?」
「え…?」
「かなりお酒を飲まれていたようですし、なにかお悩みがあるのでは?」
ゆったりと落ち着きのある優しい声。
先ほどあったばかりの人に悩み相談をするなんておかしな話だ。
しかし、彼女には旧知の友人のような、そんな不思議な親しみやすさが漂っていた。
「…自分は最近、この街の衛兵として働き始めたんです。この地域は平和ですし、仕事も順調で市民の人との関係も、段々築けていると思います。ただ…俺の上司になった人がひどくて…」
…………………
「おい新人!仕事おわったんだろ?」
仕事が終わると、今日も先輩が話しかけてきた。
彼女は衛兵長であり、人間の女性の身でありながら魔物や男達に負けることなく鍛え上げられたたたき上げの女傑だ。
この街では、彼女に勝てる男はいないだろう。
普段は頼りがいがあり、面倒見もいい彼女だが、一点だけ欠点がある。
「今日も飲みに行くぞ!付き合え!」
「またですか…!?一昨日も行ったじゃないですか!」
「昨日は行ってないだろ!つべこべ言うな!上司命令だぞ!」
彼女の酒好きだ。
毎晩のように酒場へ行っては、樽を空にする勢いで酒を飲む。
しかもそれほどの酒を飲んでも、次の日の朝礼には平気な顔をして顔を出すウワバミである。
それだけならいいが、問題は彼女が、どこが気に入ったのか毎日のように俺を飲みに誘ってくることだ。
「う〜ん…もう飲めないです…」
「おいおい!まだ少ししか飲んでないだろ?遠慮せず飲め飲め!おーい!酒追加で!」
特に酒に弱い方ではないが、ウワバミの彼女は俺のペースなんて考えず酒を注ぎ、飲ませてくる。
夜が更ける頃にはすっかり酔い潰れ、ふらふらになりながら兵舎へと帰る。
このせいで朝番に遅れそうになったことも何度もある。
彼女と親しげにしているのを見てうらやましいという奴もいるが、できれば変わってほしい物だ。
そして今日も、彼女に散々酔い潰され、何とか帰ろうとしたところ、この店に助けられたというわけだ…
…………………
「なるほど…それはお辛いですね…」
「彼女の事が嫌いってわけじゃないんですが…もう少しあの酒
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