辺りに焦げ臭い煙が漂っている。ただ木材が燃えているだけなら良いのだが、これは明らかに有機物が不完全燃焼している匂いだ。
「...」
村の惨状には言葉すら出なかった。建物は皆打ち壊されるか焼かれてしまい、抵抗したものは片端から殺していったのだろう。道端には剣や槍が刺さった焼死体がいくつも転がっていた。
「クソっ、私がもっと早く駆けつけていれば...!」
駆けつけていれば、どうなったろうか。いくら私がヴァルキリーとはいえ...
私はそんな思考を振り払うように焼け野原を進んでいった。
「だれか...」
わかってはいる。生存者などいないとわかってはいるものの、心のどこかで、誰か生き残っていないかと願ってしまう。
私が魔物の魔力に犯され、天界を追放されて以来、人間界を旅する内に、こんな情景を何度も見てきた。この村はそんな私の素性を知った上で私に良くしてくれた人たちの村だ。今朝、本当に今朝私を送り出してくれるまでは賑やかな村だったのだ。それが、同じ人間の手によって、全ての営みを奪われてしまった。この村の人たちは、何の罪もない善良な市民だったのに、なぜこんな惨い目に会わなければならなかったのか。私はそんな行き場の無い怒りを抑えつつ、焼けて崩れた建物など一つ一つていねいに見て回った。
「ぅ...」
一瞬の呻き声を、私は聞き逃さなかった。声を頼りに瓦礫を退けていくと、五歳ほどの男の子が倒れていた。
「...!」
私はその男の子を抱き寄せる。幸いなことに、目立った怪我は無さそうだった。
「ぅ、あ...?」
男の子の意識が戻り、うっすらと目を開けた。
「ありがとう、生きていてくれて...」
私は男の子を再び抱擁する。そしてこの子だけは何としても護らなくては、と強く決意したのであった。
.........
.....
...
町外れの見晴らしの良い野原で、春先の心地よい風とともに二人の男女が剣戟を演じていた。
「なかなか腕を上げたな、アレス!」
アレスと呼ばれた青年は、打ち出された力強い打撃を剣で受け、ガァン!と大きな音がした。
「そりゃイレーネ師匠直伝ですからね」
アレスは受けた私の剣をそのままはじき返した。
「よし。今日の鍛錬はこれで終わりにしよう」
「はい」
私が額の汗を腕で拭っていると、アレスが水筒を渡してきた。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
冷たい水が喉を通っているのがわかる。
「ぷはぁ」
全く稽古上がりの冷水ほど素晴らしいものはそうないな。隣ではアレスが座って自分の水筒に口を付けていた。あの日から13年。今日で18になり元服を迎える。立派に逞しく育ってくれたのは、素直に誇らしいことだ。
「それじゃあ、そろそろ帰って夕飯の支度しましょうか」
そう言ってアレスは立ち上がった。
「ああ、そうだな」
私も後を追うように付いて、私たちの住むセントリアルの街へと帰って行った。
.........
.....
...
「夕飯、何にしますかね」
街のメインストリートを歩きながらアレスは聞いてきた。今日の当番は彼だからだ。
「そういえば、今日はお前の誕生日だろう?奮発してステーキにでもしよう」
「本当ですか!やったぁ!!」
アレスは嬉々としてマーケットへと足を早める。
「ほらほら、早く行かないと良いお肉無くなっちゃいますよ」
急ぐ彼を少し抑えながら、私たちはマーケットへ向かった。
マーケットは肉や野菜、服飾品に家具まで幅広いく品が揃えられている。少し探せば地方の珍味や特産品なんかも扱っている。流石はこのフィンツェル連邦の中枢都市だ。人で賑わいを見せる商店街を少し進むと、いつも世話になっている肉屋が見えてきた。
「おっ、イレーネさんとアレスじゃねえか。夕飯の買い物かい」
そう話しかけて来たのは肉屋の店主のリュークさんである。
「ええ、今日はアレスの18歳の誕生日なのでステーキを買いに」
「おお!アレスも遂に元服かぁ、おめでとさん!ならとっておきのを出さなきゃなぁ!」
そう言ってリュークさんは店の奥へ行って、なにかの包みを持ってきた。
「今朝入った貴重な品でなぁ。ドラゴニア直送だぞぉ」
持ってきた包みを開けると、そこには一匹の魔界蜥蜴があった。
「うわぁ...!初めて見ました」
アレスが興奮気味に呟く。そういえば何度か名前を聞いたことはあるものの、実物を見るのは初めてだ。魔界蜥蜴といえば竜皇国ドラゴニアの特産料理『ドラゴンステーキ』に使われる肉。肉質もよく、とてもおいしいが、ドラゴニア以外では滅多に流通しない貴重な肉である。
「これを普段の半額にしてやろう。どうだい、イレーネさんよ」
アレスは目を輝かせている。まぁ今回は元服という人生に一度きりの機会だし、
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