想いの記憶

「よしよし。和京はいい子だね」
「にゃ〜♪」

少年と三毛猫がじゃれ合っている。まるで本物の姉弟のように。

ひとしきり遊んだ後、猫は突然少年から離れていった。

「和京、行かないで。和京..」

「にゃ〜ん」

最後に猫は悲しそうな鳴き声を残して、少年の元を去っていった──


・・・・

「あ」

目が醒めた。また、この夢か。

僕は頬を伝っていた涙に気づき、それを拭う。
ここ数日似たような夢を何度も見る。

和京とは、僕こと紘瀬和希が生まれる一年前から家で飼われていたメスの黒猫の事だ。
その彼女が六年前忽然と姿を消した。
理由はわからない。
家族や、町の人達にも協力してもらって捜したが見つからなかったのだ。

「んっ...」

僕は軽く背伸びをし、障子戸を開けて日光を部屋へ招き入れた。
寝覚めは良くかったが、気持ちのいい朝であることに違いはない。
僕のナイーブな気持ちを天候に悟ってくれというのは無理だろう。

ひとしきり日光浴をしてから寝間着を着替え、庭に木刀を持って出る。
武士の家系である紘瀬家の長男として毎朝の修練は欠かせない。

「ふっ、はっ」

拍子の良い呼吸音と木刀が空気を斬る音が庭に響く。
素振りが五十回を超えた頃、垣根の外から僕を呼ぶ声が聞こえた。

「和希!今朝も早いね」
「これは蓮見様。おはようございます」

声の主は僕の家が代々仕えている領主武原隆三様の長女、蓮見(はすみ)様だ。

彼女は玄関から回って僕の前までやってきた。

「蓮見様は今日も元気でいらっしゃいますね」
「むー。だから敬語は使わなくていいっていつも言ってるじゃない」

彼女は小さな頬を思い切り膨らませながら抗議する。

「そうは行きません。家臣に対して領主として尊厳ある態度を取るべきです。武原家次期当主になられるお方がそのようなことでは家臣の反逆を招いてしまいますよ」
「和希がそこまで言うのなら...」

僕は窘める口調で言った。
蓮見様は御年十五歳。僕より三歳下だ。
小さいときから親交があり、兄妹のような感じで今に至る。
そのせいか、昔から僕の言うことに対しては聞き分けの良い娘だった。

「それにしても、朝からいらっしゃるとは。なにかありましたか」
「そうそう、父上が城下の治安維持についてお話があるから城に来いって」
「左様ですか。では今直ぐ馳せ参じましょう」

ここ、白鳥城下の街は紘瀬家を始め七つの家で人を出して治安維持に当っている。
しかし、紘瀬家はここ数年積極的に治安維持には参加出来ていない。
なぜなら三年前に父と三人の兄は戦場で討ち死に、母はそのことが原因で心労に倒れてしまった。
よって残った紘瀬家の人間は僕だけになってしまったのだ。
本来ここまで弱った家は他の家の圧力で潰されてしまうが、領主の武原様が臣下として最古参の紘瀬家にお情けを掛けて頂き、なんとか食いつないでいる。

僕は今年拾八になり、元服の儀が終われば晴れて成人だ。
つまり僕が紘瀬家代表として治安維持に当たる必要が出てくる。

恐らく、その打ち合わせを行うのであろう。
家長として出席する以上、しっかりと威厳を持った雰囲気を醸さなくては。

僕は準備を済ませ、玄関先で待っている蓮見様の元へ行った。

「今更ですが、そのような些事を何故蓮見様自ら言伝に来たのでしょうか。護衛も付けないで城下に来るとは危険なことですよ」
「んー、護衛は信晴(のぶはる)は巻いた」

巻いた!?巻いたって言ったぞこの人。
そんな話をしていると、遠くから声が聞こえた。

「蓮見お嬢様!どうして貴方はいつも私を巻こうとするのですか!」
「えーだって信晴鈍間だし弱いもん。和希の方が強いし頼りになるわ」
「っ...!」

うーん、またこれは修羅場だなぁ。物凄い露骨にこっちを睨んでくる。
彼は武原信晴。蓮見様の遠縁の親戚で、同じく小さい時から蓮見様の護衛を担当している。歳は拾六で僕より二つ下。僕が初めて蓮見様に見えるより以前から仕えていたらしいが、何故か蓮見様は僕の方に懐き、僕は彼からは目の敵にされるようになった。

「ま、まぁ取り敢えず今は城へ向かいましょう」

僕は場をなんとか取り持とうと努力したが駄目だったようだ。

「そうよね!早く行きましょ」

蓮見様が僕の腕を引っ張っていった。
信晴くんからの睨みと憎悪の感情がひしひし伝わってくる。
まぁ何年もこんな感じだから慣れてはいるんだけれど。

そんな状況のまま城に着いた僕達は正門で別れた。
僕は天守を見上げながら会所へ向かった。


・・・・

「ふぁぁ、緊張したなぁ」

城からの帰り道、思わずそんなことを口走ってしまった。
会所で一同が揃ってから領主である隆三様の挨拶から始まり、各自の顔合わせが行われた。
まず北崎家の北崎公行(きたざききみゆ
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