西の森が消えた。半月前、そんな不可解な報告が詰所に入ってきた。曰く、青々としていた筈の森が一面立ち枯れになっている。曰く、気味の悪い白い塊が至る所に散らばっている。曰く、調査に入った人間が一人も戻ってこない。曰く、よって原因の調査を命ずる──未知の危険に備え十分に注意すること。
「だりいなぁ、こんなおつかいみてぇなしょっぺえ仕事」
「ウドさん、ずんずん進みすぎですよ…な、なんか気味悪いですよここ…もっと慎重に行きましょうって」
薄く靄がかった立ち枯れの森を進む人影が二つ。先を行くのはウドと呼ばれた中肉中背の男で、後をついて行くのは小柄で細身な男だ。
「リノよぉ、びびりすぎなんだよおめぇは。いい年こいて魔物がこわいでちゅか〜?」
「う…で、でも…入った人が帰ってこないって…」
小枝をぱきぱきと踏みしだきながら無造作に歩き続ける前の中年とは対照的に、歩幅も狭く臆病そうにおどおどと歩く少年。その身を包む制服の左胸にはL.アーレンスと小さく刺繍されている。少年の名はリーンハルト。ただこの長い名前を呼ぶ人は少ない──少なくともウドは一度もこの少年を本名で呼んだことはなかった。
ばき、と一際大きい枝を踏み折って立ち止まり、ウドはくるりと振り返る。
「はぁ…そんなに怖えなら帰ってもいいぜ?その分給料は出ねえし上には報告するし、来た道を独りで戻ることになるが」
ただでさえ白いリノの顔がさらに白くなった。
「…い、行きます、行きますから…置いてかないでくださいっ」
「ったくよぉ、俺はさっさと終わらせてぇのに…」
(どうしてこんなことになったんだろう…)
王国の暮らしに憧れて、リーンハルト・アーレンス──もといリノが半ば家出のように故郷を飛び出したのが15歳…今から三年前。三年間働きながら必死に勉強して軍の調査班と研究班に志願したのだ。結果見事に入隊できたはいいものの、配属されたのは王国から遙か西の辺境…ドが付くほどの田舎だった。
(これじゃあ実家にいたときと何も変わらない…それに)
リノが配属されたバルト郡の支部にはなんと調査班も研究班もなかったのだ。小さな詰所にあるのは警備班のみ。直属の上司であるウドが言うには、この郡は仕事が少なすぎるため警備班が全業務を一手に担っているとのことだった。
「いつも何をしてんのか?ん〜…適当に仕事こなして…適当に報告書書いて…その繰り返しだな。文句あっか?」
ウドは怠惰で傲慢な男だった。とかく仕事は雑だし机は汚い。いつも酒の匂いがする。自らのことを棚に上げて、農民や商人を馬鹿にしている。この男の下で働くこと自体リノには受け入れがたいことだった。
そして不幸は重なるとでも言うように、今回の依頼。依頼書を読むに、詰め所近くの森でただ事ではない事態が発生しているようだった。ウドはその依頼書をろくに読みもしなかった──彼が確認するのはいつも目的地だけだ。
(こんな…危なそうな現地調査するなんて聞いてないよ…)
かくしてリノの──配属2ヶ月目にしてまだ5つ目の──業務が幕を開けたのだった。
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森の光景は概ね依頼書どおりだった。本来なら青々と葉を茂らせているはずの木々にはほとんど緑が残っていない。黒い樹皮が露わになった幾本もの木がそびえ立つ様子はどことなく不気味で、さらに辺りには霧が掛かっており見通しが悪い。折しも天気は小雨で太陽は雲に隠れ、辺りは薄暗かった。気味の悪い風景だ。さっさと終わらせたい、ということに関してだけはリノもウドと全く同意見だった。
「何があったんでしょう…」
「あ?んなもんどーでもいいだろ…こんなもんどうせわかるわけねーんだから『調査結果:不明』でいいんだよ」
一体あなたは何をしに来たんですか、そう言いたい気持ちをぐっと抑えて、リノはウドの背中を追いかけた。
森をしばらく進むと、奇妙な白い塊がちらほらと現れ始めた。
「なんだこりゃ」
「依頼書にあったものですね…大きな…繭、みたいに見えますが」
しかしそれは繭と呼ぶには余りにも巨大だった。大の大人が二、三人ほどはすっぽり入れそうな大きさの白い繊維質の塊が、地面にべったりと張り付いている。
「けったくそわりぃな」
ウドはそう言い放つと巨大な繭を無造作に蹴りつけた。
「ちょ…大丈夫なんですか?魔物のねぐらとか、卵とかだったら……ひぃっ!?」
「うっせーなぁ…びびりすぎって言ってん……おい、なんだよ?」
突如、情けない悲鳴がリノの喉から漏れた。不安と言うより怯えを孕んだ彼の声と様子に、ウドは怪訝そうな顔をする。
「いっ今…それ、動きましたよ…それになんか、その中から人の声が…」
間違いない。ウドに蹴られた瞬間、繭が不自然に震えた。それと同時に繭から女
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